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第5話:晴翔の観測日記
俺の名前は高遠晴翔。大塚大雅とは幼稚園からの腐れ縁だ。
世間じゃあいつは「若頭」だの「歩く弾丸」だの恐れられてるが、俺から言わせりゃあいつはただの「重度の琥珀病患者」でしかない。
ある日の放課後。俺は大雅と二人で、琥珀ちゃんが日直の仕事を終えるのを待っていた。
大雅は校門の近くで、黒スーツに負けない威圧感を放ちながら仁王立ちしている。通りかかる生徒たちが、悲鳴を押し殺して避けていく。
「……おい、晴翔」
「なんだよ、若頭様」
「……今日の琥珀、見たか。……髪、3センチ切ったな」
俺は思わず持っていたスマホを落としそうになった。
「……よく気づいたな。俺にはさっぱりわからん」
「……バカか。琥珀のことは1ミリ単位で把握している。……可愛い。……短くなった首筋が、こう……眩しくて直視できない……ッ!」
大雅は突然、ガバッとサングラスを深くかけ直し、壁に頭を打ち付けた。
周囲の生徒は「うわああ! 大塚が壁を破壊しようとしてる!」とパニックになっているが、事実は違う。照れすぎて爆発しそうになった感情を、壁にぶつけて逃がしているだけだ。
「なあ大雅。お前、琥珀ちゃんの前じゃあんなにクールぶってるのに、裏じゃこれかよ」
「……うるさい。俺は……あいつの前では『頼れる男』でいたいんだ。……親父も言っていた。『男は背中で語れ』と」
「お前の背中、語るっていうより『語る奴は消す』ってオーラ出てるけどな」
そこへ、仕事を終えた琥珀ちゃんが駆けてきた。
「お待たせ! 大雅くん、晴翔くん!」
その瞬間、大雅のスイッチが切り替わった。
さっきまで壁に頭をぶつけていた男が、スッと背筋を伸ばし、低く冷徹な(ふりの)声を出す。
「……遅いぞ、琥珀。……行くぞ」
「あはは、ごめんね。あ、大雅くん、髪切ったの気づいた?」
「…………。……ああ。……似合っている」
嘘をつけ!! 心の中じゃ「世界一可愛い! 銀河一だ!」って叫んでるくせに、口から出るのは「似合っている」の5文字だけ。
琥珀ちゃんが「えへへ、嬉しいな」と腕に絡みつくと、大雅の耳がみるみるうちに真っ赤になっていく。本人は無表情を装っているが、握り締めた拳がプルプル震えているのを俺は見逃さない。
「じゃあな、晴翔。……邪魔するなよ」
「はいはい、ごゆっくりー」
二人の後ろ姿を見送りながら、俺はポケットから一冊のメモ帳を取り出した。
タイトルは『大塚大雅・ヘタレ観測日記』。
「今日のハイライト……『髪3センチの微差に悶絶し、壁に自爆』、と。これ、いつか結婚式のスピーチでバラしてやるからな」
俺という「観測者」がいる限り、大雅のクールな仮面は、いつか琥珀ちゃんの前で完全に剥がれ落ちる日が来るだろう。
まあ、その「いつか」が今から楽しみで仕方ないんだけどな。