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桜の君と。
酔生夢死
部活でのお題ありSS大会で書いたものです。お題は「木」と「女の子」。
友人が書いていたイラストからネタを拝借して書いています。
何だろう、あれ。
僕の目線の先には、大木。それも、女の子が引っ掛かっている。
「おーい、だ、大丈夫……?」
僕のあまりにも細い声が、柔らかい空気に解ける。
女の子は目を閉じて、どうしてか薄く微笑んでいる。僕の声は女の子に届いていないらしかった。
「ねえ! 大丈夫かって!」
つい大きくなってしまった声。女の子は気にする素振りも見せず、ただその目を優しく開いた。
「君は誰なの? どうして木の上なんかに居るの?」
女の子は口が利けないのか、少しだけ表情を歪めて僕の顔を見た。女の子のスカートがふわりと風に舞う。
スカートの中が見えてしまいそうで、僕は慌てて目を逸らした。
とん、と硬い音がして、ローファーが僕の視界に入る。
「え?」
口をついて出た言葉に、女の子はにっこり笑って、僕の手を取った。
「いこう」
女の子の唇がそっと動いて、そのまま僕の手を引いて走り出す。
思った以上に女の子の足が速い。体力のない僕にはかなりしんどいスピード。
「ちょ、待って!」
僕の叫びにも反応を示さず、女の子は止まることなく走り続けた。
「ねえ! お願いだから止まってよ!」
僕の情けない声に、女の子はついにその場に立ち止まってくれた。女の子の長い髪がさらりと流れた。
「君、私が見えるの?」
女の子が楽しそうに、少し意外そうに言う。
「見えるって何⁉ どういうこと? 君は誰なの?」
僕も負けじと大きな声で訊く。女の子は変わらず楽しそうににこにこ笑いながら口を開く。
「私は、桜」
彼女の名前を聞いたわけじゃなかったんだけど。
そんな僕の怪訝な顔を受けて、女の子……桜さん、が揶揄うような笑みを浮かべた。
「少年、君の名前は?」
「春樹。季節の春に、樹木の樹で、春樹」
学年が変わるたびに繰り返す自己紹介を口に出すと、桜さんがさらに楽しそうに笑みを深める。
「少年、春樹っていうのか! 私が桜で、君が春の樹木? 私たち、相性良いんじゃないか? どう思う、春樹」
桜さんの顔が急に近づいて、どぎまぎしながら必死の思いで頷く。
僕の心臓の高鳴りを全く気にしていないように、桜さんがけたけたと笑う。本当によく笑う人だ。
「桜さんは、いくつなの?」
一歩身を引いて桜さんから距離を取りつつ、僕は訊ねた。
「ん~? 春樹は?」
質問に質問で返されて、僕は戸惑いながら17歳、と呟く。
「うん、じゃあ、私も17歳。君と同い年」
じゃあ? じゃあって言ったか、この人。
まあ、同い年なら、話しやすいか。僕は考えるのを止めて桜さんの横に立つ。
「桜さんは、何しに来たの? ここの人じゃないよね?」
僕の質問に、桜さんは悪戯っぽく小首を傾げて僕の手を再び引いた。
「どうでもいいだろう? そんなこと」
どうでもよくはないだろ。
僕の混乱を気にしないかのように、桜さんは元気よく笑い声をあげて走り出した。
「行くよ! 春樹!」
引っ張られる手に従って、僕は混乱した思考を振り切って走り出した。
「あれ、ここだよね、桜さんと会ったとこ」
成人して町を出た僕は、久しぶりに桜さんと会った木の下に戻ってきていた。
「桜さん、結局何者だったんだろうな……」
僕はその木の幹に触れながら独り言ちる。
「おや、春樹君ですか? 随分と久しぶりですね」
「風見さん」
その木の傍の神社で働く宮司さん、風見さんが奥から声をかけてくれる。
そうだ、風見さんに訊いたら分かるかもしれない。
「風見さん、この木の傍に、桜さんって女の子が住んでいませんでしたか? 髪が長くて、セーラー服を着ていて、僕と同い年ぐらいで……」
覚えている限りの桜さんの特徴を羅列すると、風見さんは不思議そうな顔をして、すぐに微笑んだ。
「そんな子はこのあたりに住んでいませんでしたが、もしかしたら、その木に宿った神様かもしれませんね」
「かみさま?」
不思議そうに呟いた僕に、風見さんは柔らかく微笑む。
「八百万の神という言葉を、春樹君も知っているでしょう? 君の見たその、桜さんという少女も、桜の神様だったのかもしれません。この木は、うちの神社にも近いですし、何か影響があったのかもしれません。」
風見さんの優しい声に、僕はたった一度会っただけの、でもどうしても忘れられない彼女を思い出す。
確かに、よく笑う顔は春の象徴ともいえる桜の木に相応しいものだったかもしれない。
年齢を即答できないのも、少し独特な、古風な言葉遣いも、桜の木として長く生きていたからだと言われれば説明がつく。
何より、彼女が引っ掛かっていたこの木は。
「桜の木、だったのか……」
僕の呟きをそっと空気に溶かした風見さんは、穏やかに桜の木を見上げた。
「君を守ってくれたのか、遊びたかっただけなのか……。分かりませんが、いい思い出になりましたね、春樹君」
優しい風見さんの言い方に僕も仄かに優しい気持ちになる。
「風見さん、もしよかったら、この桜の木の話、聞かせてくれませんか?」
お願いします、と頭を下げると、風見さんは鷹揚に頷いた。
「勿論です」
促すように歩き始めた風見さんの後ろで、僕は桜の木をゆっくりと見上げる。
どこからか、悪戯な、楽しそうな優しい笑い声が、聞こえてくるような気がした。