公開中
噂のある町
1つ、季節が進んで陽の季節。結構な距離を歩いてきた気がする。この町、ライメルは季節柄か土地柄か人々の活気にあふれ、にぎやかな様子。遠くで楽しそうにはしゃぐ子どもたちの声が聞こえた。宿泊する予定の宿に荷物を置いて散策に出かける。気まぐれに立ち寄った商店で不思議な噂を聞いた。
「森の奥に館があり、ある魔術師と人形たちが暮らしている。面白半分で森に入ったが最後……」
のだとか。最後は周囲が騒がしくて上手く聞き取れなかったのでどうなるかは分からない。
「ねぇ、ルーフ。森の奥に行ってみませんか?」
アリフェの探究心に火がついたようだ。それに対してルーフは少し戸惑っている。
「止めておいた方がいいと言いたいの?」
バフッ
そこで肯定するのがルーフ。それでもアリフェはひとりぼっちは寂しいからとルーフを強制連行するのであった。
町外れの森の奥。噂が正しければ館が見えてくるはず。その前に辺りが霧に囲まれて視界が悪くなってきた。まだ昼のはずなのに。流石に引き返そうかと思ったが霧が濃すぎて今来た道が分からなくなっていた。
言うなれば「詰み」の状態である。
「そうだ、ルーフ、来た道を匂いで辿れます?」
腰にかけていたランタンを準備しながらルーフに問いかけた。
ワフッ
とひと鳴き。
「おや、あろうことか火打石はカバンの中です。カバンは宿にあります……」
ルーフが何やってんだよとツッコミをいれそうな表情をしている気がする。
「魔法よりも火がつくのが早いから重宝していたのですよ。まぁ、魔法使う方がどちらかと言えば楽なのですが」
炎ノ力ヨ木ノ葉ヲ媒介ニ灯リヲ灯セ |光ノ種《シャイン・シード》
ランタンに灯りがついたので足元が明るくなった。まだ霧が濃いままだが、前を先導するルーフの尻尾がパタパタ揺れているのがわかる。
ある程度進んだところでピタリとルーフが動かなくなった。こちらを心配そうに見上げてくる。
「もしかして匂いが辿れなくなりました?」
バフッ
肯定のようだ。歩いてきた体感時間的にもうすぐ森を抜けられそうな気がしたが歩いても歩いても木々が茂る森の中だ。何時になったら出られるのか。もしかしたら一生このまま森の中で彷徨い続けるしかないのかもしれない。そう考えながら歩いているうちに霧が晴れ拓けた場所にでた。目の前にはどっしりと構える館が。
「大きな館……もしかして」
「何か用事でもあるのかな? でなければ即刻この場から出ていって欲しいのだけど」
声のする方を見ると、背の高い青年がいた。花の手入れでもしていたのか手には切った花を持っている。威厳のある口調でどこか不機嫌そうだ。
「道に迷ってしまって困っていたんです」
「そんなことは僕には関係ないね。所詮、例の『噂』とやらで来たのだろう?」
図星をつかれ何も返答ができない。
「おや、図星かね? まぁいい。ここまでやってきたんだ、僕もそこまで薄情じゃないし、お茶くらい淹れてあげよう。少し一休みするといい。ついてきたまえ。そこのオオカミもついてくるといいさ」
「行きましょうか、ルーフ」
青年が例の魔術師なのだろうか。考えることが多すぎて混乱してきそうだ。館に入るとシンプルな外装とは裏腹に内装はどこか荘厳な雰囲気がする。
青年は1人の給仕の青年に声をかけた。
「ロベリー、お茶の準備を。クッキーを焼いていただろう。あれを出すといい」
ついていくと広い部屋に通された。ソファーに座るように促され、ルーフは足元で伏せている。
ライメル
とある噂が流れる町。晴れの日が多く洗濯物がよく乾く。染め物が有名で手ぬぐいが特産品。
商店にはさまざまな人々が訪れるので噂が集まりやすい。どこかの商店では「ウワサ新聞」なるものが存在するとか。