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PHANTOM
ハイリスクレッド
ショート・ショートストーリー✍ 4
Phantom・ベニ!ユキーデ!
☆
昨年末、10年ぶりに開催された格闘技のビッグイベント・冬の陣で、一躍スターとなった女性がいた。
もとは、キックボクシングという1カテゴリーのチャンピオンでしかなかった女性だ。
しかし、昨年来の格闘技ビッグイベントでは、MMAマッチに抜擢され得意とされる打撃ではなく見事なサブミッションを極め勝利したためだ。
その女性の名は、紫 咲桜(ムラサキ サクラ)19歳の女子大生。
新たなツヨカワレディとして話題になったサクラが、雑誌の取材、テレビの出演での過密な日々が過ぎ落ち着いた頃だった。
新たなツヨカワレディ・サクラのMMAのコーチであり、現役のMMAファイターのユキヒデに試合のオファーがきたのだ。
紅 雪季(クレナイ ユキヒデ)
別名、ベニ!ユキーデ!
Phantomのニックネームで知られている男だ。
昨年末の勢いに続けて10年ぶりに開催される真夏の格闘技ビッグイベント・夏の陣への出場である。
『JAPAN vs WORLD エキサイティングマッチ』
と銘打たれ日本人選手8名と多国籍選手8名で対抗戦と言う形式で行なわれる。
ユキヒデは日本人選手のひとりとしての出場オファーである。
ユキヒデの対戦相手はアメリカの総合格闘技のメジャー団体でチャンピオンにもなった実績もある選手だ。
ユキヒデは、現役バリバリのMMAファイターではあるが、自ら積極的に試合をしたがること無いレア者のMMAファイターなのである。
このレア者MMAファイター、イコール、Phantom的存在と言われる所以の一説になっている。
ゆえに、ユキヒデは当初はそのオファーを渋っていたがファイトマネーがビッグであり、その利益が多額にジム入ると会長から聞かされジムのためならとオファーを承諾したのだった。
サクラにはユキヒデが眩しく誇らしかった、自分のコーチであるユキヒデが世界を相手に立ち向かって行くのだ。
いつの日か自分も世界と向かい合える選手になれるのだろうかと漠然と想うサクラだった。
☆
レア者MMAファイターのユキヒデの格闘技の真夏のビッグイベント・夏の陣に参戦が決まってからはジムにはつねに雑誌取材のカメラかテレビカメラが並ぶようになっていた。
だがユキヒデは意に介する事もなく、相変わらずのジムのチーフコーチの日々を過ごすだけで取材陣は、フラストレーションを溜めるだけだった。
「すみません、紅 選手、サンドバッグとかスパーリングとかの画もらえませんか?」
トレーニングの休憩時間を見計らって取材陣からユキヒデに声が掛かる。
しかし、「休憩中~」の声を残してユキヒデはスポーツドリンクを飲んでいる。
サクラはそんなユキヒデの横へ行き小声で尋ねる「いいんですか?」
「いいさ、そのうち勝手に記事はできるから」
ユキヒデが答える。
それでも我慢できないテレビの取材陣がユキヒデへ近づいてきて頭を下げて懇願する。
「すみません、2分か3分でいいんで動画録らしてもらえませんか?」
と頭を下げた。
ユキヒデはその言葉を聞き流しながらサクラを見つめてから、思い付いた様にテレビの取材陣へ言葉を返した。
「1ラウンドだけだ、スパーリングの相手は、今、話題のツヨカワレディのMMAファイター、サクラってのはどうよ?」
突然の突飛な提案に取材陣は戸惑って顔を見合わせた。
しかし、カメラ撮りの上、話題の紫 咲来とのスパーリングを撮れるチャンスなどは無いと思い。
取材陣は、ユキヒデの言葉をOKした。
☆
ユキヒデは、何やらその場にいた女性コーチと小声で打ち合わせをするとサクラにファイトウェアに着替えてくるように言い背中を押した。
女性コーチに付き添われ着替えを済ましたサクラはもじもじと恥ずかしいそうに戻ってきた。
サクラはユキヒデに近づき呟いた。
「何なんですか?こんなに派手で可愛いウェアは」
「あぁ、カメラ映りがいいようにだよ」
「っていうか、アタシが主役じゃないでしょ」
「気にしないでリングへ上がれよ」
サクラは仕方なくMMAグローブを手にした、が、ユキヒデは
「グローブはいらないグラップリングだけだから」
とさらりと言い残し、先にリングに上がってしまった。
サクラは慌ててユキヒデに続いてリングへ入った。
取材陣のカメラというカメラが、リングを取り囲むとスパーリング開始のゴングが鳴った。
ユキヒデとサクラはお互いにクラウンチングスタイルで向かい合う。
「思い切りこいサクラ」
「ハィ!」
サクラがユキヒデのボディへ高速タックルで突っ込む。
ユキヒデは簡単に尻もちをつきリングへ仰向けに倒れる。
サクラはサイドポジションへ態勢をとり腕絡みからアームロックを極める。
「痛った」
ユキヒデは声を出して身体を反らせて極められてない方の手で、パンパンパンとタップをする。
サクラはアームロックをほどいてユキヒデから離れて立ち上がった。
…何?なんか、簡単すぎない?…
☆
何も無かったようにユキヒデはリング中央に戻るとサクラに向かって再びクラウンチングスタイルで構える。
サクラは超低空タックルで足首を捕らえてバックポジションへ態勢を移す。
またもユキヒデは簡単にうつ伏せに倒れる。
サクラは足首を捕まえたまま自分の両脚をユキヒデの脚へ絡め膝十字固めを極めにいく。
ユキヒデは子供のように両脚をばたつかせ膝十字固めから逃げようとする。
サクラはすかさず自分の脚でそれをブロックしてヒールホールドへ移行して極める。
「あ、痛って~」
とまた声を出してユキヒデは、リングの床へ、パンパンパンとタップをする。
サクラは技を解いてユキヒデから離れて立ち上がる。
結局こんな調子で三角絞め、フロントチョークと繰り返し終了のゴングが鳴った。
ユキヒデはサクラを連れてテレビカメラの前に立つ。
と、コメントお願いしますとマイクが向けられた。
ユキヒデは息も切らさず言葉を出した。
「どうよ、世界の美少女ファイター達、サクラにかかってこい!」
とサクラへ向けて指差した。
そのあまりにもあさってのコメントに雑誌の取材陣もテレビの取材陣もリアクション出来なかった。
もっとも、一番リアクション出来なかったのはサクラだったのだけど…
☆
取材陣は不満な雰囲気と言葉を発していたが、ユキヒデはスルーとシャワー室へと姿を消していた。
女性コーチから取材陣へ向けて
「本日は、ありがとうございました。お気をつけてお引き取りください。」
さらに女性コーチからも、スルーした言葉が掛けられ渋々と取材陣は撤収していった。
まるでその時を見計らったようなタイミングでユキヒデがシャワー室から現れ女性コーチとサクラへ声を掛けた。
「ありがとう~手間かけたね」
「サクラ、お疲れさん」
さらにユキヒデからサクラへ声が掛かる。
「サクラ、明日、空港へ行くかい?」
明日はユキヒデの元カノ?のサツキが出場する空手ワールドカップの開催地オランダへの出発日なのだ。
「ハィ、行きます」
サクラは返事をする。
「じゃ、サクラん家へ迎えに行くな」
「ハィ、よろしくお願いします。」
葵 皐月(アオイ サツキ)
KARATE・女子形のオールジャパンチャンピオンで、日本代表選手であり、サクラのメンタルトレーニングのアドバイザーである。
そして、紅 雪季の元カノらしい…
いつでもどこでもジャージで出かけるサクラだったが、明日はジャージで行くのはやめておこうと考えながら自宅へママチャリ飛ばした。
☆
ショートパンツにお洒落ブラインドのTシャツ、キラキラのスニーカーを履いたサクラはユキヒデが運転する車の助手席にいた。
「ユキヒデ コーチ、昨日の取材はダイジョブだったんですか?」
サクラは、昨日のスパーリングの後で聞けなかった事を聞いてみた。
「たぶん良かったんじゃないの」
ユキヒデは、しれっと応え言葉を続けた。
「そのうち雑誌やテレビ番組で見れるから楽しみにしてなよ」
☆
車は空港の駐車場へ止められサクラとユキヒデは出発ロビーへと足を踏み入れた。
出発ロビーにはお揃いのジャケットを着た人の団体がいる。
ユキヒデは立ち止まりその団体に視線だけを向けている。
「ユキヒデ コーチ、行かないんですか?」
「サクラ、行ってきてくれよ」
「あ…はい」
サクラはユキヒデに言われるままその団体へ近づいて行きサツキの姿を探した。
サツキと目が会うとサツキは回りのお揃いのジャケットのオジサン達に頭を下げてサクラに向かって歩み出してくれた。
「こんにちは、ユキヒデ コーチも来てます」
「こんにちは、サクラさん、ありがとうね」
サクラとサツキは挨拶の言葉を交わすと、並んでユキヒデへと歩みだす。
サツキとユキヒデの手が届く距離になると、サクラはその歩みを緩めてサツキから少し距離を取り立ち止まった。
サツキはユキヒデへと小走りに駆け寄る。
そしてその腕の中へ納まりハグし合う。
ハグを解き少し身体を離し手を握り合って言葉を交わす。
話し終えるとユキヒデは右手を手のひらを上にして差し出した。
サツキがその手のひらを自分の右手の手のひらでパッチンと上から下へ弾く、続けてサツキが右手の手のひらを上にして差し出す。
ユキヒデが右手の手のひらでパッチンと上から下へと弾く。
そして互いに拳を突き出してカッチンとタッチする。
「サッキ、楽しんでこい!自分のためにな」
「うん、ありがとう、行ってくるね」
サツキはユキヒデに微笑んで手を振りながらその場を離れてゆく。
少し距離を取った場所にいたサクラに
「ユキヒデをよろしくね」
サツキがサクラに声を掛ける。
お揃いのジャケットの団体と共にサツキは搭乗口へと進んで行った。
ユキヒデは、空港内に有るカフェへ行きアメリカンコーヒーをブラックで注文してサクラにも何か頼めと促した。
アイスカフェオレを手にしたサクラとユキヒデは空港のデッキへ出る。
サツキの搭乗した飛行機を眺めながらサクラはユキヒデに聞いてみる。
「ユキヒデ コーチさっきのって何ですか?」
「ん、何が?」
「サツキさんと手のひらをパッチン、パッチンってやつです」
「ただの、オ、マ、ジ、ナ、イ、さ」
「その、オ、マ、ジ、ナ、イ、って効くんですか?」
「さぁ、知らないよ」
……
☆
サツキがオランダへ旅立って1週間後、サツキはKARATE・ワールドカップで、優勝し、金メダルを手にしワールドチャンピオンとしてスポーツ情報番組に出演していた。
サクラは、その番組を自宅のテレビで感嘆を洩らしながら見入っていた。
その番組の後半で真夏に行なわれる格闘技イベント情報と各参戦選手の煽りビデオが流された。
その内容に、サクラは唖然とした。
『世界のファイター達かかってこい!』
と書きなぐり様な文字のテロップが画面いっぱいに写し出され、サクラとユキヒデが向き合っている場面の写真にコメントが添えられている。
『紅 雪季 選手、余裕綽々の調整』
まったくサクラとのスパーリングの様子は流されていなかった。
コメントさえまったく違った使い方に、なんて理不尽な作り方なんだろうとサクラは怒りさえ感じた…
翌日、ジムの会員達の間でも理不尽な作り方の煽りビデオが話題になっていた。
サクラは、ユキヒデにその内容に付いての気持を聞いてみた。
しかし、ユキヒデからは、
「見てないからなぁ、けど、どうでもいいよ」
と素っ気ない言葉が返ってきた。
「見てないって、あの番組にはサツキさんも出てじゃないですか」
「そうなのか?知らなかったなぁ、けどサッキなら明後日から家に来るから、サクラも来るか?」
☆
真夏の格闘技イベント情報は雑誌の記事もテレビの内容と変わりない内容だった。
が、ユキヒデは相変わらず意に介せずだった。
結局どういう形で取材を受けようと本当のユキヒデの姿は紹介されないのだからと言うのが本意らしい。
マスコミ、メディアは面白い可笑しく盛り上がって雑誌が注目され売れ、番組の視聴率が上がる事が第一の優先事項なのだからだ。
もちろん、ユキヒデの対戦相手のアメリカの選手の紹介、情報も載っている。
自分の筋肉を誇示するポーズに厳めしい表情を作っている写真を見る限りは、ユキヒデとはかなりの体格差が有るとわかる。
大きさを誇示するボディサイズの数字と、過去のアメリカでの総合格闘技メジャー団体でチャンピオンになった経歴が載っていた。
サクラは、ユキヒデがこんな相手とどんな風に戦うのか想像が出来ないと思いながら言葉を洩らした。
「ユキヒデ コーチは作戦とか立てているんですか?」
ユキヒデが答える。
「相手も同じ人間だろ、余分に筋肉を付けてるだけの人間ってことで」
「はい?、って言うか、普通、人間でしょ」
「なら特に何かより、定石通りにやるだけさ」
「定石通りって…?」
「タマを潰す、壊すって事だよ」
「タマ?何なんですかそれは」
「人間って言うのはどんなに鍛えても筋肉を付けれない所がタマさ」
☆
総合格闘技は攻撃技は何でも有りと言われているが、しかし、所詮はスポーツである。
スポーツである以上、禁止行為いわゆる反則攻撃は有る。
俗にいう、鍛えることの出来ないタマの部分への攻撃だ。
金的(キンタマ)眼(目のタマ)後頭部(アタマ)への攻撃である。
ただ細かく言えば、鼻のアタマ、膝のアタマ(膝頭)のタマと付くところへは攻撃は許されている。
この二ヵ所もどんなに鍛えても筋肉を付けれない箇所である。
☆
そして日は経ち格闘技ビッグイベント・夏の陣当日、8月1日がやってきた。
サクラは、ユキヒデのセコンドのひとりとしてS県にあるスーパーアリーナの控え室にいた。
ユキヒデは軽く丁寧に身体の隅々までストレッチを行い、シャドーを行なってからファイトパンツを身に付けて臨戦態勢へと集中していく。
黒地にゴールドのサイドラインがデザインされ背中には金色文字でスポンサーのロゴマークがプリントされたTシャツを身につける。
深紅の地にゴールドのサイドラインがデザインされたファイトパンツにも腰から臀部にかけて違うスポンサーのロゴマークとロゴ文字が鮮やかなレモンイエローでプリントされいる。
さらに入場時に羽織る上半身だけのフード付ジャケットは濃い紫色で右の片口から左脇へ向けて斜めにスポンサーのロゴマークが白色でプリントされている。
なんとも派手派手しく、色ちがいのスポンサーのロゴマークを身に付けることでジムへ多額のスポンサー料として利益が入るのである。
☆
「紅 選手、入場口待機お願いします」
大会イベント係員から声が掛けられる。
ヨシッ!
とユキヒデが気合いをかけ立ち上がる。
入場口裏でセコンド陣とリングアナウンサーの呼び込みのコールを待つ。
始めに対戦相手の選手の入場テーマ曲がアリーナに鳴り響く。
スモークが焚かれ、レーザー光線が交差しロック会場さながらだ。
ユキヒデは、フードをすっぽりと被りやや俯きかげんでオープンフィンガーグローブをはめている両手を握っては開き握っては開きを繰り返している。
そしてその表情は読み取れない。
続いて
『レッド・ゲートから紅 雪季、ベニ !ユキーデ!選手の入場です!』
力の込められた呼び出しアナウンスが聞こえてくる。
アリーナ全体に静かに染み渡る様にシンセサイザーの独奏音が鳴り響く。
入場テーマ曲は、日本を代表するロックユニット、ビーズのラブ ファントムである。
サクラは、身震いしていた、始めてユキヒデの真剣勝負を間近で、しかもセコンドとして見る事ができるのだ。
ユキヒデを先頭にセコンド陣がリングまでの花道を歩き始める。
レア者のMMAファイターの登場に観客達の熱量が、MAXへと高まり歓声が入場曲のラブ ファントムの刻むビートとシンクロする。
観客席の最前列の席にいたサツキの元へユキヒデが歩み寄る。
サツキが、右手の手のひらを上にして差し出す。
ユキヒデが、右手の手のひらでパッチンと上から下へ弾くとそのまま右手の手のひらを上にして差し出す。
サツキが右手の手のひらでパッチンと上から下へ弾く。
ふたりは、視線を交わしの互いの拳を差し出してカッチンとタッチする。
オ、マ、ジ、ナ、イ、を交わす。
そして、ユキーデは、一気にリングに駆け上がった。
☆
リング対角線に対戦相手であるアメリカの選手と向き合う。
アメリカの選手の身体は雑誌の情報通りユキーデよりひとまわりと言うよりは、軽く2倍は有る様に見える。
全身の筋肉がまるでロボットのように付いていて、一目瞭然、完全なパワーファイターだ。
選手紹介のコールがされる。
アメリカの選手に続いて、ユキーデがコールされる。
ユキーデが、ゆっくりと深く被っていたフードを掻き上げる。
同時に、アリーナに歓声とどよめきが起きた。
ユキーデの顔には深紅の炎に模られた隈取りがされている。
サクラは、驚き思わず後退りリングのロープに身体をぶつけた。
歓声を楽しむように四方をゆっくりと見回し、おもむろにユキーデは隈取りの施された顔に右手を当てる。
サッと、ユキーデが右手を頭上に突き上げる。
とそこには深紅の炎に模られた隈取りの仮面が持たれていた。
仮面を剥ぎ取ったユキーデの顔は冷血な瞳、冷血な表情に変わっていた。
サクラは、その冷血な表情に無意識のうちに吸い込まれていた。
今まで見たことも感じたことも無いが紅 雪季、ベニ!ユキーデ!がそこには立っていた。
レフリーチェックでリング中央で向き合うアメリカの選手とユキーデの体格差に圧倒されたサクラには不安が湧いて出ていた。
が、しかし、それ以上にユキーデの発している冷血なオーラに圧倒されていた。
自軍のコーナーへもどりマウスピースを噛むユキーデに声さえ掛けられないサクラだった。
☆
カァーン!
試合開始のゴングが鳴った。
ユキーデは、スーッと摺り足のような足運びで対角線に対して左斜め前に出てゆく。
対戦相手のアメリカの選手は左拳を前に出し右拳を顎のやや下に構えるボクシングスタイルのファイティングポーズで身体を揺らしながら対角線を真っ直ぐにリング中央へ突進する。
が、ユキーデの姿はリングの中央には無かった。
アメリカの選手は気勢を削がれた感じで身体をゆるりと右へ向き変える。
ユキーデは、左拳を胸の前に出し浮かせ右拳を水月辺りに添え構え軽く軽く身体でリズムを刻みながら間合いを取り冷たい視殺線を送っていた。
アメリカの選手はやや強引気味に間合いを詰め左ジャブを打つ。
しかし、ユキーデはピックリとも反応しない。
さらに強引に一度引いた左ジャブを左ストレートに変えて打ち込んでくるアメリカの選手。
その左ストレートのパンチをユキーデは左斜めにバックステップして往なす。
幾度か同じ攻防状態を繰り返し、自分から踏み込んで来ないユキーデにアメリカの選手は苛立ちを見せる。
強引に、無理矢理に、左ストレート右ストレートを身体ごと当てにくるが、ユキーデはアメリカの選手をさらに左サイドステップして往なす。
この往なしが対戦者に、Phantomと云わしめる実態で、目の前から姿が消える転位、転体、転技、のテクニックであり、スピードであり、ユキーデの真骨頂なのだ。
☆
アメリカの選手とユキーデは何度か同じ攻防を繰り返し、苛立ちがMAX状態のアメリカの選手がリング中央で仁王立ちになりユキーデへ挑発の言葉を出した。
「カモーン、カモーン、カモーンチキン」
ユキーデは、ガードを解いて両腕をダラリと下げ自然体の立ちでアメリカの選手に静態する。
暫くにらみ合い、ユキーデの右足が右斜め前にスッと出された瞬間、アメリカの選手が猛然と襲い掛かってきた。
その体勢はもぅタックルではなくただ自分の目の前から消えるユキーデを力ずくで捕まえようとしていた。
しかしアメリカの選手の両手がユキーデに触れようとした瞬間、ユキーデの姿は消えていた。
ユキーデは、腰を落とし右斜め前に前転してかわしていた。
そして直ぐに立ちあがり再びアメリカの選手に静態している。
両手をダラリと下げ自然体のまま。
むなしく空を掻いたアメリカの選手はすかさず振り向くと更に勢いを増して襲いかかった。
瞬間、刹那、ユキーデは左斜め前にスッと体をかわしカウンターの右の裏拳を振った、空手の振り拳だ。
グチャ!
と何かが潰れた音が聞こえたと同時にアメリカの選手はその場に膝まずき顔面を押さえて踞った。
それをユキーデは、間合いをとり冷血な瞳で見つめている。
☆
アメリカの選手が顔を上げると顔面の真ん中からまるで滝の様な大量の出血がリングに水溜まりを作っている。
アメリカの選手はおびただし鼻血で染まった顔面で、怒りの言葉を吐きながら立ち上がりユキーデに襲いかかろとした。
そこへレフリーが慌てて、ストップをかけ、ドクターチェックを促した。
アメリカの選手はレフリーを振り切り襲いかかろとするがレフリーの失格にするぞと言う言葉に渋々とドクターチェックを受けにニュートラルコーナーへいく。
その間にリング係員が雑巾とバケツを持ってきて血の水溜まりを拭き取っている。
ユキーデは、ドクターチェックが行われている反対側のニュートラルコーナーに立っていた。
ユキーデの冷血な瞳、冷血な表情は相変わらずのままだった。
ドクターチェックを終えて振り返ったアメリカの選手の鼻はアメリカ人独特の高くとんがったカタチを完全に失っていた。
それはまるで道端に捨ててあるガムが顔面に貼り付いたようにさえ見えた。
レフリーは両者をリング中央に呼び寄せ試合続行のコールをした。
アメリカの選手は鼻の潰れた顔面を庇うようにガードを高く上げるとユキーデを蹴りで牽制し始める。
☆
だが、パンチも当てられ無い、掴みかかっても捕まえられない、挙げ句に鼻を潰され、この上不用意にタックルにでも行ってまた顔面に膝蹴りでももらったらたまらない、そんな気持ちで腰の入らない蹴りが通用するはずもない。
右ミドルキック、左ミドルキックから再びの右ミドルキックをユキーデは僅かな左斜めバックステップで捌く。
それでも、執拗にキックに頼ったアメリカの選手の攻撃が続いていた。
その頼り無い右ミドルキックにユキーデが自分の右手を添えて右側へ流すとアメリカの選手の背中がユキーデの正面に曝された。
瞬間、ユキーデは、アメリカの選手の軸足になっている左足の膝の裏に自分の左足の裏を添えて全体重をかけ踏み込む。
ユキーデの全体重とアメリカの選手自身の全体重がかかった左足の膝はそのままリングに突き刺さるように激突し「ガッゴリッ」と音を発てる。
リングに倒れ込んだアメリカの選手の膝から下は不自然な方向へ曲がっている。
おそらく膝は脱臼か靭帯が断裂しているはずだ。
格闘技のリングなのでその程度だが、ストリートファイトで地面がアスファルトやコンクリートなら膝は砕け歩行困難になるはずの技である。
☆
ユキーデは、完全に仰向け状態のアメリカの選手の巨体の背中の下敷きになってしまった。
なんとか巨体の下から這い出るとユキーデは立ち上がった。
通常ならそのまま背後からスリーパーホールドへ繋ぐのだが体格差でポジションが悪かったためだ。
しかしその必要もなくアメリカの選手は膝を抱えて唸り、戦意を喪失していた。
その様子を見たレフリーが駆け寄り、ストップのコールをかけた。
そして、ユキーデのTKO勝ちが宣言された。
リング中央で勝利者コールを受けるユキーデ。
すると若干の間をおいて観客からブーイングと歓声が入り交じり発せられた。
凄絶な試合を期待していた観客のブーイング。
無駄なく研ぎ澄まされた玄人受けに納得する観客の歓声。
だが、ユキーデは、そんな会場の雰囲気には気にせずオープンフィンガーグローブを既に外している。
大会主催も会場の雰囲気に戸惑いながらもセレモニーを行なっている。
勝利者賞のトロフィーを受け取ったユキーデは自分のコーナーへ戻っていく。
そのユキーデの背後から声が掛かけられる。
マイクを手にしたアナウンサーが勝利者インタビューを行うためだ。
ユキーデは、振り返りオッケーと指で示してリング中央にサクラを連れ、テレビカメラの前に立つとカメラマンの耳元に凄味を聞かせて呟いた。
「そのポジションから動くんじゃねぇぞ何があっても!」
テレビカメラマンは引きった表情でかくかくと頷き固まった。
ユキヒデは、サクラに自分のオープンフィンガーグローブをはめさせ勝利者トロフィーを持たせ自分に被せるように立たせた。
☆
サクラのバストアップがテレビ画面いっぱいに写し出される。
ユキヒデは、サクラの後ろから声色を使い言葉を出した。
「世界の美少女ファイター達アタシにかかってこい~」
会場からは、爆笑とブーイングが起きた。
ユキヒデは、アナウンサーのマイクを手に取った。
「今日は、ありがとうございました。まだまだ試合は続きます楽しんでください」
インタビューもテレビカメラを無視して叫んでから、ユキヒデはサクラを連れてさっさとリングを降りてしまった。
ユキヒデは、最前列の観客席に駆け寄りサツキとハグをし合う。
そして、ユキヒデはサツキを抱き上げ花道を肩を並べ退場口へと姿を消した。
終り。