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23 夜
「おやすみ、ミリアーナ」
「おやすみ、ネオ」
ネオが早めの睡眠をとり始めた。
「では、私も寝るとします。お嬢様方失礼いたします」
「おやすみ、リリ」
「いい夢見てね」
「夢は見れませんよ。あなたたちのせいで胃が痛いので」
リリの最後の皮肉を聞き流し、私たちは二人になった。
「……ねえ、ルシア」
「なぁに? ミリアーナ」
私はルシアの方を向いた。
「あのさ、ルシアって、私のことを追いかけてきたから、婚約者のアルト君は置いてきたんだよね?」
「うん。ミリアーナもでしょ? 友達がつらい目に遭ってんだから、自分から出会い何て捨てないと」
私はそのルシアの言葉に絶句した。
婚約者より友達の方を大事にするか? 普通。
すごすぎる。
なんて返せばいいか分からず、しばらく黙ってしまった。
ルシアは私の反応に気づいたのか、枕に頬を乗せながら、少し照れたように笑う。
「何その顔。そんな珍しいこと言った?」
「いや……珍しいどころじゃないよ……!」
私は思わず上体を起こした。
「だってさ、ルシア。婚約者だよ? 将来の相手だよ? その人を置いて、私なんかを追いかけてきて……」
「私なんかじゃないよ」
ルシアは私の話を遮るように、少し強めに言った。
その声に、胸の奥がちりっと熱くなる。
「……ミリアーナは、私の大事な友達だよ。普通に考えて、ミリアーナが泣いて出てったって聞いたら追うでしょ」
「いやいやいや、普通は追わないよ!? だって国出てくるんだよ!? そんなことするの、あんたぐらいだよ!?」
「じゃあ私が特別ってことでいいじゃない」
さらっと言うルシア。
なんなのこの子、イケメンなの?
私は思わず口をぱくぱくさせてしまった。
「ルシア……あんた……すご……」
「でしょ?」
ちょっと得意げな笑顔。
でも、その笑顔はすぐにふわっと柔らかくなる。
「……アルト君のことはね、もちろん大事だったよ? 優しいし、気遣いすごいし、将来を考えたら、たぶん……ミリアーナみたいな子よりずっと良いお嫁さんになれたと思う」
「ちょっと!? 遠回しにけなした!?!?」
「むふふ~。……でも、ミリアーナって、ほっとけないじゃん?」
「……どこが?」
「全部だよ」
ルシアはすごく自然に、当たり前みたいに言った。
その言葉がすうっと胸に沁みてくる。
「……ルシア。なんか……ありがとう。ほんとにありがとう」
「なに急に。気持ち悪いよ?」
「えぇぇ!!?」
「……でも、うん。どういたしまして」
ルシアは照れ隠しみたいににこりと笑った。
沈黙が流れる。
多分それは今までの人生を振り返るものだったのだと思う。
……しかし、その沈黙が、逆に気まずい。
「…………」
「…………」
先に耐えきれなくなったのは私だった。
「……いや、でもさ」
「ん?」
「今の言い方、ちょっと重くない?」
「は?」
ルシアはきょとんとした顔をする。
「全部だよ、ってなに? 告白?」
「ち、違うし!!」
ルシアは勢いよく起き上がった。
「そういう意味じゃないから!! なんでそっちに行くの!? 友達として! 普通に! ほっとけないって意味!」
「普通に言えばいいのに、変な言い回しするからでしょ」
「ミリアーナが変な受け取り方するからだよ!」
「そもそも追いかけてくる判断が普通じゃないんだけど!」
「そこは否定しないけど!」
言い合いになって、二人同時にため息をついた。
「……ほんと、あんたと話してると疲れる」
「それ、私のセリフなんだけど」
でも、ルシアはどこか困ったみたいに笑った。
「アルト君のことはね……置いてきた、っていうより……置いてきちゃった、って感じかな」
「……ふうん」
私がそう返すと、ルシアは少し肩をすくめた。
「まあ、いま私たちがどこにいるか、王都の人たちは正確に知らないしね」
「……そうだね」
ここは、王国の地図には載っていない場所。
正確な位置も、転移経路も、こちらから説明できない。
結果として、手紙も届かない。
「だからさ」
ルシアは天井を見たまま言った。
「怒られてるかもしれないし、心配されてるかもしれないけど……、それは今、どうしようもないじゃんか」
「割り切ってるんだ~」
「割り切ってるっていうか」
ルシアは少し考えてから言い直す。
「今ここで、中途半端に連絡がついて、戻れ、とか話し合おう、とか言われたら、私はたぶん……逃げちゃうかな~……」
「……」
「だから、手紙が届かないのは、ちょうどいいのかな、ってね」
その言い方は軽かったけど、投げやりではなかった。
私は布団の端をつまみながら言う。
「でもさー、アルト君から見たら、いきなりいなくなったみたいなもんじゃない?」
「うん。たぶん最悪だと思う」
即答。
「自分で言うな」
「だって事実だし」
ルシアは小さく笑って、それから続けた。
「でもさ、それで責められるのは、帰ってからでいいかなって」
「……帰る気はあるんだ」
「そりゃあるよ」
即座に返ってきた声。
「ただ、今すぐじゃない。でしょ?」
私はその答えに、なぜか少し安心した。
「違う?」
「確かに……」
「シェイ君と、ちゃんとどうするか決めるの」
「……婚約解消されちゃったし。どうするかはまだ決めてない」
私がそう言うと、ルシアは少しだけ目を細めた。
「そっか」
それだけ。
それ以上追及してこない。
「……なんで聞かないの?」
「え?」
「まだ好き? とかさ。とり戻したい? とか、聞かれそうだと思ってた」
ルシアは一瞬考えて、それから肩をすくめた。
「だって答えにくいでしょ」
「……まあ」
「それに」
少し間を置いてから、ルシアは続けた。
「別に、聞かなくても立ち直ってなさそうだってわかるし。あんたまだシェイ君のこと好きでしょ」
「……まあね」
嫌いになれるわけないよ、と付け足した。
「でもさ、いいにくいけど、シェイ君は渋々ながらもイザベラと婚約してたんだよね」
「……そっか……」
「嫌いになった?」
「……ううん」
「でしょ? でも、一緒に居たいと思う? 多分もう婚約者には戻れないと思う」
「……だね……」
私はずしんと心に重りが乗っかった気がして、つらくて、涙がこぼれた。
「……あ」
慌てて拭おうとしたけど、指先が震えて、うまくいかない。
(あ、やば……)
声も出ない。
鼻もつんと痛い。
ルシアは、少しだけ驚いた顔をしたあと、
何も言わずにこちらを見ていた。
「……ごめ……」
言いかけた私の言葉を、ルシアは軽く遮った。
「謝らなくていい」
静かな声だった。
「あんたは、自分を責めすぎだよ。婚約解消されてからもう丸一年。ずっと泣いてなかった」
ルシアは天井を横目で私を見ながらふっと笑った。
「……笑うなっ……」
「えへへっ。なんか面白くてさ。こうやってきちんと話したのって久しぶりじゃん?」
「……うるさい……」
ルシアはにかっと笑った。
「……昔のミリアーナだったらさ」
「……?」
「ここで感情ぐちゃぐちゃにして、でも私は悪くない! とか言い出してたと思う」
「……ひどくない?」
「事実だって」
私は鼻をすすりながら、苦笑いする。
「……否定できないのが流石に悔しいんだけど」
「でしょ」
ルシアは満足そうに頷いた。
「でも今はさ」
少しだけ声のトーンが落ちる。
「泣けてる。それってすごいことじゃない? 私はずっと貴族だって思ってきたし、泣いたことは生まれてから全然ないよ」
「……うん」
「やっぱさ、人が泣いてるの見ると」
「……ルシア?」
「……悲しくなるよね?」
ルシアはずびっと鼻をすすった。
「えへへっ。私も泣くの、久しぶりだな……」
そう言って、ルシアは目尻を指でこすった。
泣き声は出ていないけど、声の奥が少しだけ揺れている。
「……ちょっと」
私が戸惑って言うと、ルシアは肩をすくめた。
「びっくりした?」
「当たり前でしょ……。ルシアが泣くとか、想定外すぎる」
「私もそう思ってる」
ふふ、と短く笑ってから、ルシアは天井を見つめる。
「ミリアーナが泣いてるの見たらさ」
「……」
「なんて言えばいいか、正直わかんなくて」
私は、何も言えずに頷いた。
「慰めるのも違うし、放っとくのも違うし」
「……うん」
「だから、こうやって並んでるだけでもいいかな、って思ったんだけど」
ルシアは、ちらっとこっちを見る。
「……変じゃない?」
「変じゃない」
即答だった。
「むしろ面白いよ」
そう言うと、ルシアは少し目を見開いてから、
また照れくさそうに笑った。
「……そっか」
しばらく、二人とも黙った。
泣き声も、ため息もない。
「……ねえ、ミリアーナ」
「なに?」
「……面白いよって何」
「……そこ?」
私がそう突っ込むと、沈黙が流れる。
「あははっ」
ルシアが急に笑いだした。
「もう寝よっか」
「ね」
おやすみなさい。