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第4話:不和雷同な心臓と、四時間の猶予
演習場での一件以来、アネモネ・ロストの心臓は、どうにも「万死に値する」ほど調子が悪い。
ドットが自分を「高潔」だと言い切ったあの瞬間から、彼の顔を見るたびに、胸の奥が毒に冒されたように熱くなるのだ。
「……別に。ただの体調不良よ。……そう、きっと風邪の類ね」
寮の部屋。アネモネは169センチ(自称)の矜持を保つため、背筋をピンと伸ばして鏡に向かっていた。
そこへ、当の「熱の源」が鼻歌まじりに帰ってくる。
「おーいアネモネ! マッシュの野郎からシュークリームの新作……『毒消しミント味』とかいう怪しいの貰ったぞ! 一緒に食おうぜ!」
「……っ! 勝手に入ってこないでって言ってるでしょ、脳内ガキ!」
反射的に放った毒の茨が、ドットの足元を掠める。
だが、ドットは「おっと危ねえ!」と笑いながら、当たり前のように彼女のパーソナルスペースへと踏み込んできた。
「なんだよ、まだ怒ってんのか? 昨日の連中なら、マッシュが『間違えて』壁ごと埋めてたから安心しろよ」
「……誰がそんな心配してるのよ。私は、あんたが……あんたが、あんまりにも無防備だから……」
アネモネの声が小さくなる。
ドットはアネモネの隣にドカリと座ると、箱からシュークリームを取り出した。
「ほら、食え。お前、昨日からあんま食ってねえだろ。……お前が倒れたら、俺様の『全肯定』の対象がいなくなって困るんだわな」
「……っ」
不意打ちの言葉に、アネモネの顔が林檎のように赤く染まる。
彼女は震える手でシュークリームを受け取ると、小さな口で齧り付いた。ミントの清涼感が広がるが、顔の熱は引くどころか増していく。
「……四時間」
「あ? またそれか。何が四時間なんだよ」
「……四時間以内に、あんたがその……『脳内ガキ』な発言をやめなかったら、本当に致命毒を盛るわよって意味よ」
それは、彼女なりの照れ隠しであり、甘えだった。
本当は「四時間」なんていらない。今すぐ、彼に「好き」と言ってほしい。……いや、そんな恥ずかしいこと、万死に値する。
「あはは!百年経ってもやめねえぞ!お前を褒めるのは俺様のライフワークだからな!」
「……死ね。本当に死ねばいいのに、あんたなんて」
アネモネは涙目になりながら、ドットの肩にこつんと頭を預けた。
169センチを自称する彼女が、自分より少しだけ背の高い彼の肩に収まる、矛盾した幸福。
その時、ガチャリと扉が開いた。
「二人とも、合同結婚式のパンフレット持ってきたわよぉ!」
「レモンさん、流石に気が早すぎるよ……。あ、ごめん、お邪魔だった?」
暴走するレモンと、苦労性のフィン。その後ろでマッシュが「シュークリーム、もう一個いる?」とマイペースに佇んでいる。
「……っ!! 万死に値するわよ、全員!!」
アネモネは立ち上がり、顔から火が出るほどの勢いで部屋を飛び出した。
その後を、「待てよアネモネー! まだ食い終わってねえだろ!」とドットが追いかけていく。
騒がしい廊下。
アネモネは走りながら、微かに微笑んでいた。
孤独だった少女の傍には、今、太陽のような光と、それを囲む賑やかな仲間たちがいる。
――けれど、幸せな時間は長くは続かない。
次なる「悪意」の足音が、静かに学園の門を叩こうとしていた。
🔚