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或る二人のことをよく知る者
2377文字。
オリキャラの性別は特に決めてません。
その子供は、酷い扱いを受けていた。
薄汚れた衣類を身に纏い、牢に入れられている。
「ごめんね、これしか持ってこれなかった」
「……ありがとう、先生」
トンと自身の夕食だったパンが入っている袋を、先生は牢の中へと置く。
「ねぇ先生、どうして僕だけ?」
「……。」
「なんで僕だけ刺されて、折檻されて、苦しい思いをしなくちゃいけないの?」
「……院長先生の考えてることは分からない。でも、間違ってると思うから私はこうやって君にパンを届けてる」
「先生以外嫌いだ。悪いことは僕のせいにしてる子供たちも、院長先生の言うことを聞いてるだけの大人も」
先生は何か云おうとして、息だけが漏れて終わった。
空になった袋を回収すると同時に、扉の開く音が聞こえる。
「……、見張りが来たんだ。先生もう行って、じゃないとクビにされちゃう」
「ありがとう、心配してくれて。でも大丈夫。今日の見張りは私だから」
ニコッと微笑むと、先生は奥の扉が聞こえた方へ向かう。
「敦は、どんな調子だ?」
「そんなに心配しなくても、異能力の暴走はしていませんよ。パンもちゃんと食べてくれましたし」
「……夕食抜きだと伝えたはずだが」
「院長先生、それではあの子が死んでしまいます。それに、《《ちょうど一つだけ》》余ってしまったので」
「……虎は出ていないな」
「はい。暴走してないってさっきも云いましたよ、私。本当に心配性ですね、院長先生は」
「それ以上は減給する」
「えっ、酷くないですか?」
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「見てください! 敦くんが記事に載ってます!」
「……、」
「ちょっ、院長先生!? 小銭ばらまかないでください!?」
あーもう、と集める先生に対し、院長は表現しがたい表情をしていた。
孤児院から追い出して、まだ少ししか経っていない。
そんな彼が、新聞に載るほどの活躍をしている。
白虎が敦の人生に悪影響を及ぼしているわけでもない。
「……。」
院長が引き出しから取り出したのは、古い型の拳銃。
遠い昔、裏社会に身を置いていた時に使っていたものだ。
何もかも孤児院へ優先していた院長には、自身の貯金などと呼べるものが殆どない。
「これは切り抜いてもいいだろうか」
「別に良いですけど……もしかして、会いに行くつもりですか?」
「……私からの贈答品など、受け取ってはもらえないだろう。でも、少し顔を見るぐらいなら許されると思いたい」
「院長先生って意外と子供たちのこと大切に思ってますよね」
「《《意外》》は余計だ。相変わらず給料が減っても良いみたいだな」
「私の給料の分、子供たちが幸せになるならそれでも構いませんよ」
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珍しく掛かってきた電話。
手が空いており、近くにいた先生が受話器を取る。
「もしもし……はい、うちの孤児院の名前ですが……」
相手は、警察。
「…………え?」
院長先生の突然死。
交通事故だった。
誰かが通報したころには、もう死んでいたらしい。
「わ、かりました……」
ひとまず話が終わり、受話器を置く。
まだ現実味がなく、その場に座り込んだ。
「……院長先生、私まだ減給されてないですよ」
院長先生の部屋の方を向いて、また一言だけ。
「まだ敦くんにだって、会えていないんじゃ──!」
二人のことをずっと見てきた先生は、涙を浮かべることしかできなかった。
楽しそうに花束を用意したことを話してくれた院長先生は、もうこの世にはいない。
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「あ、あの! すみません!」
突然開かれた探偵社の扉に、事務作業をしていた全員が驚く。
否、たった一人だけ何事もなかったかのようにラムネを飲んでいた。
「急に押しかけてすみません! 私は或る孤児院の先生をやっていて、そのっ、!」
「良いから一旦落ち着いたら? そんなに急いだところで、敦は暫く帰ってこないだろうし」
「乱歩さん、もしかして或る孤児院って……」
「妾はお茶でも淹れてくるとしようか」
「武装探偵社の国木田です。とりあえず此方にお座りになってください」
「あっ、す、すみません……!」
「ついでにナオミちゃんは鏡用意してあげて」
「勿論ですわ!」
鏡を見て、先生は顔を赤くした。
腫れた目元にボサボサの髪。
人前に立つには、あまり良い姿とは云えなかった。
「は、恥ずかしい……」
ふしゅ〜、と縮こまる先生に対して、ナオミは微笑んで身なりを整える手伝いをする。
「……何から何まですみません」
「い、いえ……それは大丈夫なのですが……」
「あっ、自己紹介が遅れました。私は敦…くんがいた孤児院で先生をやっていまして、その、院長先生の代わりに花束だけでもと……」
「敦はまだ帰ってきてません。ですので、ゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
その時、探偵社の扉が開く。
斜めに切られた前髪、紫と黄の瞳。
「……先生?」
花束を持っているのを見て、敦の胸が苦しくなる。
院長先生が敦に渡したかったもの。
「……久しぶりだね、敦くん」
「そう、ですね。お元気でしたか?」
「私は大丈夫。昔から健康だけが取り柄だから」
会話は途切れ、先生が口を開く。
「……敦くん、院長先生のことなんだけど──」
「それ以上は、言わないで下さい」
「……!」
「憎しみが消えることはないですけど、あの人なりの優しさだったことは…分かってるので……っ」
先生は立ち上がり、敦を抱き締める。
優しく、優しく。
ピンクのグラジオラス
ネコヤナギ
コデマリ・バイモ
ガザニア
──それらで彩られた花束は、机上で夕日に照らされていた。