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第2話:伝説の黒スーツ職質事件
大塚家のリビングには、異様な緊張感が漂っていた。
ソファに並んで座る二人の男。大雅と、その父・和正。
二人は今、黒い高級スーツに身を包み、漆黒のサングラスを装着している。和正が太い腕を組んで黙り込むと、そこは家庭のリビングではなく「広域指定暴力団の幹部会議」にしか見えない。
「……親父。これ、本当にやるのか」
「大雅、男には引けぬ時がある。……母さんと琥珀ちゃんが、あんなに楽しそうに選んでくれたんだ。着ないわけにはいかんだろう」
事の始まりは一時間前。
遊びに来ていた琥珀と大雅の母が、テレビの極道映画を見て盛り上がり、「二人ともガタイが良いから似合うはず!」とノリノリでスーツを買いに行かされたのだ。
「お待たせー! 二人とも、バッチリ決まってるじゃない!」
キッチンから現れた琥珀が、パチパチと手を叩く。その横では母が「あらあら、本物みたいねぇ」と、恐ろしいことを笑顔で言っている。
「大雅くん、すっごくかっこいい! ちょっと怖いけど……守られてる感じがする!」
「……そうか。琥珀が言うなら、悪くない」
琥珀に褒められた瞬間、大雅の口角がわずかに緩む。サングラスの奥では「琥珀に『かっこいい』って言われた……明日命日か?」と、純情な思考が駆け巡っていた。
「よし、じゃあこのままみんなで夕飯の買い出しに行きましょう!」
母の鶴の一言で、この「あまりにも仕上がりすぎた一行」は街へと繰り出すことになった。
日曜日の昼下がりのスーパー。
大雅と父・和正が並んで歩くと、まるでモーゼの十戒のように人の波が左右に割れる。
「(おい、見ろよあの二人……本物だろ……)」
「(警察呼んだほうがいいんじゃないか……?)」
周囲の囁き声も、大雅の耳には「琥珀とデート(買い出し)だ、何をカゴに入れれば喜ぶかな」という思考で遮断されていた。
「大雅、あそこのリンゴ、美味そうだぞ」
和正がドスの利いた声で指さす。店員が「ヒッ!」と声を上げ、差し出したカゴを落としそうになる。
「ああ。琥珀、果物が好きだからな。……全部買い占めるか?」
「大雅くん、一袋でいいよ! 買い占めなくていいから!」
そんな平和(?)なやり取りをしていた、その時だった。
「……前の二人組、ちょっと止まってくれるかな」
スーパーの入り口で、四人の警察官が壁を作るように立っていた。
その顔は真剣そのもの。一人はすでに無線に手をかけている。
「えー、こちら中央署。不審な二人組を発見。応援を要請する。繰り返す、応援を要請――」
「「…………っ。」」
大雅と和正が凍り付く。
一方で、状況を把握した琥珀と母は、背後で「くすくす」と笑いを堪えていた。
「君たち、悪いけど署までご同行願えるかな? 鞄の中身も見せてもらいたい」
「あ……いや、これは、その……」
和正が弁解しようと、愛想笑いを浮かべてサングラスを外した。
しかし、その「和正なりの笑顔」は、警察官の目には「不敵な笑みを浮かべ、正体を隠そうとする老練な幹部」にしか映らなかった。
「笑って誤魔化さない! 手を上げなさい!」
「お、落ち着いてください! この人たち、ただのコスプレ……じゃなくて、着せられてるだけなんです!」
琥珀が慌てて割って入る。
結局、警察官に囲まれたまま、大雅たちはスーパーの裏口で一時間近く身分証の確認と職務質問を受ける羽目になった。
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一時間後。
ようやく解放された一行は、家路についていた。
大雅と父は、道端で肩を落として歩いている。
「……散々だったな、大雅」
「ああ。……警察官の人、最後の方は俺の生徒手帳見て『えっ、17歳!?』って三回聞き直してたしな」
トボトボと歩く二人の後ろで、琥珀が明るく声をかける。
「ごめんね大雅くん! でも、本当に似合ってたよ? 用心棒みたいで頼もしかった!」
「……用心棒、か」
大雅はふいっと前を向き、サングラスをかけ直した。
(琥珀の用心棒……。悪くない響きだ。次は職質されないように、もっと『善良な市民』のオーラを練習しないと……)
その横で、和正も「俺は次はトトロのTシャツを着て歩こうかな」と呟いている。
大塚家の男たちは、愛する女性たちの笑顔のために、今日もその「強面」と戦い続けるのであった
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