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Ep.7 青、緑、白。
【潮ー、突入よーい】
「はいはい、どうぞ」
最後のコードを打ち込んでエンターキーを押すと、画面はまた青く戻る。ふと端に表示させた監視カメラを見ると、丁度目標の部屋の扉に向かって足を振り上げていた。
【どーん】
「何やってんだ馬鹿」
吹き飛ばされたドアが可哀想だろうが。
【え、やだよー俺。いちいち開いてますかー?って聞いてドアノブがちゃがちゃすんの。どうせ開けてくれないんだから】
「器物破損はやめてくれ、他のとこでやったら罰則もんだぞ」
【知らなーい、どうせ潮が守ってくれるでしょー】
振り向いて、監視カメラに向かってへらっと笑うと、室内へと消えていく。その後を二人の黒服が追っていった。
「ったく、」
文句を言ってもあいつは治らない。なら相手をするのもめんどくさい。
「・・・おい、隣の家も確認しとけ。多分いる」
【そうだろうねー、だってこの部屋いないから】
一瞬で出てきて隣室のドアを蹴破る。一連の動作に淀みがない。・・・絶対こいついつもやってるな。
【・・・二人、豚が出てきたよ。あと子供】
「子供?」
【そ、子供。取り合えず潰すねー】
数秒後、ポイポイと部屋の中から男が二人放り出た。あっけなさすぎて涙が出る。可哀想に。
「殺すなよ」
【死んでないよー】
監視カメラの位置からだと室内の様子までは見えない。隣室に何があるのか、《《何をしていたのか》》。
【子供ねー、虐待っぽい。どうする?施設出す?】
ああ、ほら。
「・・・意識は?」
【ないねー】
「一度連れて帰ってこい。車二台あるだろ。現場の監視は終わるまでしとくから」
【りょーかーい】
これで俺の仕事は終わりだ。後は現場に任せればいい。
監視カメラとの接続を切って、メインモニターに戻ると。丁度、セキュリティシステム異常の通達と共に、緑色に光るメッセージが表示された。
「・・・うざ、」
緑色。緑青。
『何色にも染まれないって、可哀想』
--- ≪計画は続行≫ ---
反吐が出る。
苛立つ気持ちのまま、画面を消して、傷ついたセキュリティコードを修復していると。
「・・・潮」
襖が静かに開かれた。蒼く光るその瞳に、ブルーライトによって反射された俺の顔が映る。
「いいのか」
「・・・睡眠自体は少しで十分、知ってるでしょ。障害さえなければ、俺は普通の人間だよ」
「・・・」
「・・・無理に守ろうとして、遠ざけなくていい」
違う。そうじゃない。
「・・・守ってもらわなくても、この壁の中にいれば大丈夫だから。だから、俺は潮と「お前はそれを望まないだろ」、」
お前は、自ら人を守ろうとするから。危ないことに首突っ込んで、ひっかきまわして、それでも人のために動こうとするから。
「お前が壁の中で大人しく守られていたことが今までにあったか?俺の記憶じゃあ一度もねぇけど」
「・・・それは」
「自分が保護対象であることを理解せずに、理解《《できず》》に。自分が周りに守ってもらえることが当たり前で、自分が周りに迷惑かけてるにすら気づかなくて。いつも貧乏籤をひかさせられてるのは誰だ?俺だろ?」
「、」
「言葉に詰まるか?そうだろうな、俺はお前のことは徹底的に守ってきたから。本当に危ない目に合う時は、身代わりになるのが俺の役目だったよな?」
お前を守ることが、俺の『すべきこと』で。その『すべきこと』をくれたのも、お前だったから。
いつの間にか伏せていた顔を上げて。影の呆然とした顔を目に、しっかりと焼き付けながら。綺麗な瞳に映った、俺の醜い姿。
「一緒だって言ってくれたのに、一人で行こうとするから」
・・・真っ白な髪に、くすんだ灰色の瞳を見て。
「・・・、」
「ああそうだよな、誰でもよかったんだろ?障害を持っているが故に母屋の人間から遠ざけられて、一人寂しく追いやられたんだもんな?お前のことを想う暇がなくなっちまった兄貴の代わりに、誰かが必要だったんだろ?それが俺だもんな?」
「・・・違う」
「どこが違う?共感してくれる仲間が欲しかったんだろ?他家から厄介払い同然の『贈り物』が来て、丁度いいと思ったんだろ?自分と同い年で、可哀想な目にあった奴がいて、あいつなら大丈夫、そう思ったんだろ?」
「・・・違う、」
「あいつを味方にすれば仲間が増える、誰にも見向きされない可哀想な自分が可哀想に思える、《《見下せる》》相手ができた、嬉しかっただろ?こんな不気味な、」
「違うっ!」
・・・ああ、やっちゃった。
涙の幕を張った綺麗な瞳で、普段は能面のような顔を、大きく歪めて睨みつけているから。普段は荒げない声を、この離れに響き渡るくらい、大きく張り上げたから。
誰が見ても見えるくらいの感情を初めて吐き出させたのが自分で、しかもそれが怒りだったなんて。それでも、嬉しいと、感じてしまう俺は、きっと馬鹿なんだろう。
「・・・頭冷やしてくる」
俯いてしまって動かない影の横を通り過ぎて、玄関へと向かう。夜風に当たれば、少しだけでも熱が冷めてくれるかもしれない。
何も持たずにやってきた俺に、慈悲を与えてくれたのは影なのに。何の恩も返せない俺を、ただ傍に置いてくれているのは影なのに。悪いのは、俺なのに。
ただただ、体にしぶとく残る後悔の念をどうにか追い払いたくて、思うがままに走る。離れからも母屋からも遠のいて、そこには重い門があった。けれど、この|壁《檻》からさえも逃げ出したくて、全体重をかけて押し開ける。丁度交代の時間らしく、門番はいない。
振り返って、たった今出てきた門を眺めて。誇らしげに掲げられた『宵宮』の文字を見て、目を細めてから。
体に衝撃が走る。それがスタンガンだと、門番がいない理由、闇に紛れたこいつらの正体。諸々を一瞬で理解した俺は、あまりの自分のうかつさに涙が出そうだった。
セキュリティコードの修復を中途半端に終わらせた、そのせいで人的被害が俺含め三人出ている。しくじった。
睡眠薬を含んだのであろう布で鼻と口を押えられて、意識が落ちる。
『何色にも染まれないって、可哀想』
なあ、
『だって、色で溢れた世界からのはみ出し者ってことでしょ?』
お前の言うことは、正しかったよ。___・・・
話が急展開すぎて涙出そう