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光の当たる場所で 2話
第2章:壊れたメガネと、泣いた背中
その日、昼休みの終わり頃だった。
俺は廊下の隅で自販機の缶コーヒーを飲んでいた。いつも通りの、なんでもない昼休み。
だったはずだ。
「おい、マジで似合ってんじゃん、そのクソメガネ!」
バキッ。
乾いた音が教室から響いてきた。すぐに笑い声が追いかけてくる。
俺は思わず立ち止まり、教室の扉の隙間から中を覗いた。
佐倉ユウトが、床に座り込んでいた。
彼のメガネは真っ二つに折れていて、片方のレンズが床に転がっている。
立っているのは、榊リョウとその取り巻きたち。
榊が片足でメガネのフレームを踏みつけて、さらに笑い声を上げた。
「なに泣きそうになってんの? お前、アニメのヒロインかよ」
「やべー、泣く泣く。あ、誰かスマホ撮れよ」
「インスタの裏垢にあげようぜ、“リアル・オタ芸人”ってタグ付けてさ」
ユウトは何も言わなかった。ただ、肩を震わせて、じっと床を見つめていた。
その背中が、なんだか小さくて、壊れそうで、俺の胸に刺さった。
そのとき、俺は一歩踏み出すか、黙って引き返すかの分かれ道に立たされていた。
そして俺は——引き返した。
自販機の前に戻って、空き缶を強く握りしめた。手の中でアルミがへしゃげる。
「……最低だな、俺」
どうして動けなかった?
正義感が足りなかった? 勇気がなかった? それとも、ただ“目立ちたくなかった”だけか?
放課後。ユウトは教室にいなかった。
机の上には教科書が開いたままで、ノートも中途半端に置かれていた。
俺はふと、あることに気づいた。
ユウトの机の上に、1枚の紙があった。
《——またやってくれたね。次はスマホ壊してあげようか?》
誰かが殴り書きしたメモ。悪意しかない文字。
俺はその紙を無意識に握りしめて、破っていた。
このままでいいわけがない。
このままじゃ、あいつは……壊れてしまう。
その夜。
俺は、スマホのメッセージアプリを開いた。
前に一度だけクラス連絡網で共有された、ユウトのIDを探し出し、メッセージを打ち込む。
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From:タカミチ
《今日、大丈夫だったか? 俺、ちゃんと見てた。……ごめん。》
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返事は、すぐには来なかった。
でも、その「送信」ボタンを押したとき、俺の中で何かが少しだけ変わった。
“傍観者”から、“行動する側”へ。
まだ始まったばかりだ。
でも、もう目をそらすつもりはなかった。