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胸を掻きむしりたくなるほどの罪悪感
そこで考えた末に君を殺すことにしたのです。それが君にとって一番の救いになるだろうと思っていました。ですが君は何も知らないまま殺されていった。
私はそれを聞いて非常に残念に思って、それで…… ふっ、馬鹿らしい。なんですかこれ、全部嘘じゃないですか、全く私らしくもない…… ああもういいや面倒くさい。真也、君はね。私の作った擬似的にピカソと同じ力を持つことが出来る薬を投与されていたんです。
つまりあなたが感じていた痛みというのはその副作用のようなもので、その苦しみから解放される唯一の方法は薬の服用をやめることだったのですよ。」
真也は自分の体がどんどん冷たくなるような気がしていた。しかし彼の頭の中でその事実を受け入れることが何故かできなかった。いや、本当は分かっているのだ。だがそれでも認めたくない、そう思った。
真也がモネの言葉を理解するとともにその思考がどんどんと黒くなっていく。自分は一体なぜここにいるのだろうか、どうして自分がこんな目に遭わなければいけないのだろうか、この痛みは、苦しみは、この気持ちは……全て……作られたもの……? 真也が暗い考えに支配されていく最中、彼の脳内に優しい女性の声が届いた。
(真也さん!)
それに続いて再び優しくも力強い声が頭に響いた。
(真也、大丈夫か。俺の言ってる事が分かるか?)
(スンパト先輩……)
(良かった、まだ正気みたいね)
(え……木綿!? 美咲ちゃんまで……)
(おーっと真也君。ここは病院ですよ。静かにしないと怒られてしまいます)
(あ……)
(まったくもう、世話の焼ける人ですね。真也さん。モネ様のお話は本当のことなんですよ? 落ち着いてよく聞いてください)
「お兄様に呼ばれてきたらお母さまがいなくなっててびっくりいたしまして、探し回ってたらお姉さまにここに連れてこられて……。
わたくしもモネ様にお聞きするまで、真也さんに何が起こっていたのか存じませんでしたけど。真也さん。これはお芝居ではありません。モネ様は……モネ・サーヴィス様は真也さんのご病気を治して下さった方です。そしてこれから先、真也さんをお守りしてくれるお医者様なんです!」
「真也は……真也は本当に何も知らなかったんだ。でも今はどうか分からない、きっといつか、真也を傷つける。お願いしますモネ先生。真也をこれ以上追い詰めないであげてください」
「あらあら、困ったものです。そんなに泣かないの」
2人の涙を見た真也は胸を掻きむしりたくなるほどの罪悪感に襲われる。しかしそれと同時に彼の中にある黒いものが徐々に大きくなっていることも感じられた。それはまるで、この2人を自分の中に取り込みたいと言っているようでもあった。
彼は自分がどうすればいいのか、何をしたいのか分からなくなった。ただひたすら、申し訳なかった。そして同時に怖くなった。真也の視界が再び滲む。真也はその感情に飲み込まれないようにと必死に耐えたが、一度流れ出したものは止まることがなかった。
その時彼は無意識に口を開いて言葉を発してしまった。それは彼の本心ではない、しかし、彼が今口にできる限界の発言であった。
「僕は……ただ…………」
「ただ、みんなと一緒に居たかっただけなのに」
その一言を発した途端、部屋の中に重苦しい沈黙が流れる。真也はハッとして周りを見ると皆が自分の方を見ていることに気づいた。それは憐れみとも怒りともいえる視線であったが。
彼はその瞬間自分が何を言ったのか、自分の気持ちすら理解できないほど取り乱し、その場に立ち上がって走り出す。
しかしそれを制止する手があった。
モネだ。彼女は立ち上がった彼を抱きしめるように後ろから手を回し、その小さな背中をさすりつつ、耳元でささやくように話しかけた。その顔には慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
真也はそれを認識した途端、全身の血流が全て心臓に向かって流れるような感覚に襲われ、呼吸困難に陥る。
その状態のまま彼はベッドに押し戻され、布団をかけなおされた後、モネに頭を撫でられる。その暖かさに真也は再び意識を失いそうになった。
(真也君。ゆっくり休みなさい。君の病は私に任せておくといい)
彼女の言葉を聞いた真也は、抵抗することなく、静かに眠りへと落ちて行った。
(まあ、真也くんがどんなに願っても叶わない願いがあるという事を実感するのはまだまだ先のことでしょうが。それでも……そうね、少なくとも今は……)
(真也さんが幸せでいてくれれば私はそれでいいんです…)
「そうね、そう思うわよね」
「そうだな」
「そうですわね」
「うん」
「お父様とお母様も……」
「「「「もちろん」」」」
「真也さんが元気になってくれて本当に良かったです」
その日の夜、真也が目を覚ますとそこにはモネがいた。
モネは真也が起きたことに気づくと安心したように微笑んでから彼に近づき、真也の手を握った。
その行動に驚いて彼は慌ててモネに問いかけた。
彼女は少し寂しそうな顔をしてから答える。それは真也にとって意外な答えだった。
彼女は笑顔を浮かべて真也に語りかける。それはまるで、母親のように。
その言葉は真也の心に染み渡る。
しかし彼はその言葉を聞きながら、心のどこかで違うと思っていた。
真也はモネの話を聞くうちに、自分の体の違和感を感じ始めていた。
モネは真也の体を診て、真也の体に起こった変化を一つ一つ説明していく。そして最後に彼女は真也の瞳を見つめてこう告げた。
あなたはもう、元の世界には帰れません。
彼はその言葉を聞いても驚かなかった。いや、驚きすぎて反応が出来なかったというべきか。
モネの説明によると、異世界のピカソの力は真也の体に馴染んでいるということ、そしてあの世界での出来事は現実であり、真也の体には既にその力が定着してしまっていること。さらに、その力はあの世界で死んだとしても失われることなく真也の体に留まり続けるであろうこと。
そして、それらの話を彼は淡々と受け入れていた。いや、正確には受け入れるしかなかった。
なぜなら、そのどれもが彼にとって都合の良いことだったから。彼は心の中で、自分の中の何かが変わっていくのを感じた。そして、それを自覚した時、彼はモネに対して感謝の念が湧き上がると同時に、自分が今からやるべき事を理解していた。
それからというもの、真也はモネの元で様々な知識を学んだ。彼はその知識を吸収しながらもモネの言うことを全て信じ切ることができなかった。
しかし、自分の身に起こっていることは紛れもない事実だ。彼はその事に思い至ると、モネの目を真っ直ぐに見据えて質問した。
モネ曰く、あの世界の人間は全て作り物であるという事。
あの世界で体験したこと全てが、誰かの掌の上であったという事。
あの世界で過ごした日々が、嘘だったという事。
モネはそれについて否定しなかった。
「はい。その通りです。君は騙されていたんですよ。
そしてその事実を知った時、君はその人物を許せるでしょうか? いえ、君なら許すでしょう。しかし君はまた別の理由で苦しむことになる。君はその苦しみから逃れるためにその記憶を捨てようとしたのです。
しかし、その出来事は君が生きてきた証。君が忘れることは決してありません」