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光の当たる場所で 5話
第5章:拡散された動画、逆転の兆し
翌週の月曜日、朝の教室にざわめきが広がっていた。
普段はうるさいグループさえ、どこか声のトーンが低い。
俺が教室に入ると、何人かの視線が一斉に向けられた。
そして、ひそひそと会話が飛び交っている。
「マジで? 本物なの? あの動画……」
「顔、モロに映ってたじゃん」
「やばくね? これ普通に、停学とか……」
俺はすぐにピンときた。
動画——榊たちがユウトのメガネを壊し、笑いながら踏みつけていた、あの場面だ。
金曜の昼休み、俺のスマホには録画機能が起動していた。
何が起こるか、予想していたから。
でも俺は、それを拡散するつもりはなかった。あのときまでは。
*
「——このままじゃ、またやられるよ」
放課後の漫研部室。
ユウトがスケッチブックをめくりながら、ぽつりとつぶやいた。
「どれだけ絵を描いても、何を好きでも、クラスの空気は変わらない。
“おかしい”って気づいてる人も、誰も声を出さないから」
「……それって、俺のことだな」
「違うよ。高道くんは、ちゃんと向き合ってくれた。
でも——それだけじゃ足りないことも、あるんだと思う」
俺は少し考えてから、スマホを取り出した。
あの日の録画データ。
再生ボタンを押すと、榊たちの笑い声と、ユウトがメガネを拾おうとする姿が映る。
俺は言った。
「これ、出すよ」
「えっ……!」
「怖いのはわかる。でも、黙ってる方がもう怖い。
“本当に見てた人間”がいるって、証明しなきゃ」
ユウトは少しのあいだ、何も言わなかった。
やがて、力なくうなずいた。
「……ありがとう。でも、俺もやる。俺の絵も、外に出す」
「え?」
「いじめられても、“俺の好き”を否定されないって、証明したい。
自分の存在を、ちゃんと出したいんだ」
——そのときのユウトの目は、はっきりと前を見据えていた。
*
そして月曜日、事件は起きた。
動画がアップされたのは、ある匿名の生徒が運営する学園裏掲示板だった。
タイトルは《【拡散希望】緋城学園・いじめ現場の証拠》。
動画には「同級生によるいじめ」「教師による対応の遅れ」といった説明文も添えられていた。
コメント欄は瞬く間に炎上し、数時間で学校にも情報が届いた。
HRの途中で、担任の先生が顔を青くして入ってきた。
「……動画の件については、学校として事実確認を行います。
関係者は、放課後職員室まで来てください」
榊は無言だった。
普段なら「なんだよこれ、ふざけんなよ」と騒ぐはずなのに。
そのとき、クラスの何人かが——ほんの数人だったが——俺とユウトに目を向けた。
そして、軽く、うなずいた。
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放課後。職員室から出てきた榊は、完全に力を失っていた。
そのまま、保護者が迎えに来て連れて行かれた。
数日後、学校から正式な連絡があった。
榊リョウと取り巻き2名は、停学処分。
動画の拡散元は明かされなかったが、「いじめを受けた側の勇気ある行動」に対して、校内放送でのコメントも流された。
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そして、ユウトは一つの投稿をした。
SNSに、自作のキャラクター漫画の1ページを投稿したのだ。
【勇者じゃなくても、君を守るって決めたから。】
そんなセリフとともに、主人公の少年が剣を振るうシーンだった。
コメント欄には、少しずつ「すごい」「絵うまい」「応援してる」という言葉が並びはじめていた。
俺はスマホの画面を見ながら、笑った。
たぶんこの日が、ユウトにとって“はじめての逆転”だった。