公開中
怨恨ノ京 #2 意地張りの宇京
2 意地張りの宇京
行き場のなくなった右京は、一晩、左夜宇の大納言邸へと泊めてもらった。
初めての土や敷物じゃない床に、はじめての、きちんとした屋根。
どれもこれも、宇京にとっては夢のまた夢でしかなかった。
しかし、宇京が大納言邸へ泊まることに対して、仕えの者たちは反対の声を上げる。
それもこれも、身分の高い貴公子なら別だが、身分もない者を泊めて得にならないからだ。
宇京は、この貧富の差が悔しい思いでしかない。
「おはよう!宇京ちゃん!どう?眠れた?」
陽気で明るい左夜宇の腹違いの姉・かづらは、宇京のような気の強い女の子が来てくれてとても喜んでいる。
朝からこんなに元気なのがまた凄い。
かづらだけは味方なのだと、胸を張れる様な心持ちになる。
「うん…」
こんなに清々しく朝日を感じたのははじめてだと、宇京は思った。
暖かく、柔らかい光。
自分の目の前には、死という闇しかなかったからだ。
すると目を擦りながら、左夜宇が起きてきた。
その佇まいは昨日よりも、何故か貴族らしく見える。
「おはようございます。もうすぐで、朝ごはんですよ」
朝ご飯に出てきたのは、温かい米に、見た目のイキイキしたおかずの数々。こんな豪華なご飯は宇京が一生、生きても食べられなかっただろう。
さらに、新しくて、美しい単も着せてもらった。正式には《《着せられた》》、だが。
夢のまた夢、苦労を知らない世界に宇京は言葉がでず、ただただ時宇京だけ時が止まったかの様に、微動だにしなかった。
「大丈夫…ですか?」
床に向かってひとしきり死んだ様な目をしている宇京に、恐る恐る左夜宇は訪ねた。
そして宇京は、結論が出たかの様に、フッと振り返って言った。
「いいよなぁ。あんたたちはさ、飯に着物に邸にさ、全部持ってて。あたしゃこんな飯だって一度も食べたことないし、同じ着物を継ぎ接ぎになっても着続けて、家だって風のときは屋根が吹き飛んで行くんだ。いいよな、楽に生きれてさ!」
嫌味じゃないが、こんな性格の宇京からは、つい口からこぼれた言葉だった。
今度は左夜宇とかづらが、言葉の意味を理解しようと、ぼーっとしてしまう。
呆然と、宇京を見つめるばかりだ。
宇京が今言ったこと全て、二人にとって『当たり前』なんだから、ピンとくるはずもない。
そんな納得のいかなさそうな二人の表情に、宇京は怒りをあらわにして庭に降り立って叫びかけた。
「あたし、今日一日ここで寝てやるよ!着物も飯もいるもんか!」
子供らしく拗ねているのが見え見えだって、宇京にはどうでもいい。
それより、自分の今までの人生がこの場で色褪せてしまうことが一番嫌だからだ。
宇京の考えが益々分からなくなり、案の定、左夜宇はオロオロするしかない。
「いや…そんなところで寝てたら風ひきますよ…!」
しかし、反対にかづらは面白そうに笑った。
「宇京ちゃんらしいよ。こんなに気の強い女、他にも見たことないしね」
「姉上、それどころではありません!」
宇京は一度決めたら、取りやめない性格だ。
それ故、考えを曲げなかった。自分が正しいと。
それからしばらくして、赤々とした夕陽は何処に去ってしまった。
今夜は更待月。これは夜深くに出る月だ。
宇京は、寝る準備に取り掛かっており、質素な敷物を敷いて寝床を作っている。
それを左夜宇は眉を顰めて見ていた。
(こんなに薄っぺらい敷物で寝るつもりか…?)
それに構わず、すっかりと横になった宇京だが、数分経つと眉間にシワを寄せて、何かを不審勝手いる。
左夜宇は宇京が寝にくいだけなのかと思っていたがそれも違うようだ。
途端に地響きがする。
すると、地下から透けた化け物が出てきた。
みるみるうちに、粘っこい液状のような人型ができた。
邸の中に入っていくようだ。
「うわっ!なんだよこれ!じゃーっかしいっ!」
宇京は悲鳴と共に慌てて飛び起き、粘っこい人型から目が離れない。
と言っても、離れて見上げなければ、全体を見られないほどの大きさだ。
「宇京!逃げなさい!」
左夜宇は宇京に呼びかけたが、一番逃げるべきは左夜宇である。
「何カッコつけてんだよ!」
宇京は、人型の横へ回り、後ろから全てを見届けた。
その化け物は、左夜宇を狙っているかのように邸に入る。
「きゃあ!」
「化け物!」
下女や女房達が叫ぶ物だから、驚いてかづらやその夫・直井も人型を見に、わざわざ来る。
霊力の高い直井は、その人型を見るなりハッと閃いた。
「これは…この地の怨霊だ」
「怨霊…?」
「この地にいた農民たちの怨霊だ。大納言邸に住み着いているのだろう」
直井の祖先は、参議篁という名で知られている小野篁である。
小野篁は、閻魔王宮の役人で閻魔大王の右腕と言われた者だ。
昼は朝廷に、夜は閻魔庁に務めており、その仕事は代々小野家の男に受け継がれている。
閻魔庁では、死者を閻魔大王が定めその案内役をするのだ。
小野篁は漢籍も和歌も難なくこなしており、それ故直井も霊について詳しいのだ。
「直井様!お祓いくださいまし!」
「こんな汚い化け物、見たくないです!」
柱に寄りかかってじっと見ている女どもは、直井に向かって叫んでいる。
直井はさっさと祓う準備を急いだ。
しかし何故か、宇京がそれを止める。
「宇京ちゃん、早く逃げなさいよ!」
かづらは、なんとか宇京に叫び続ける。
「あたしはここで寝るって決めたんだ!文句あるか!」
「今更何を…」
人型は宇京の怒号に振り向き、方向進路を変えた。
この地にいる人なら誰でもいいようだ。
と、直井は懐から札を取り出し、人型に大きくにかざした。
すると人型は、だんだん小さくなって札に焼かれていくかの様な匂いがした。
しまいには、灰のように儚く、シュッと静かな音を立てて、消えていってしまった。
人型は成仏されたのだ。
直井は一息ついて、女どもは安堵の声が広がる。
女どもきゃっきゃと直井を担ぎ上げ、持て囃し人型に嫌味を言う声だ。
宇京にはそれが嫌でたまらなかった。
何より、先程の怨霊の気持ちが一番身に染みているから。
「大丈夫ですか…?宇京」
宇京は珍しく静かに俯いて言った。
「あたしも死んだらああなるのかな…怨霊になって嫌われるのかな…」
数秒置いて振り返った宇京の目は、恐怖に潤んでいる。
今にも泣き出しそうだ。
左夜宇はどう反応していいか全くわからない。
なぜ宇京が人型に同情するのかも理解できず、ポカンとした目になっていた。
「あんたには多分、一生わからない。でしょ?」
宇京はニヤリと笑う。
左夜宇にはその笑みが怖く見えた。
その宇京の微かに潤んだ目が、何かを訴えているようだった。
いやぁ〜今回は長かったです。ファンタジー要素?左夜宇の頼り甲斐、、、?
ここで陰陽師とか入れたかったんですけど…
今、もうすぐ#20まで行きかけてるですけど、公開は#2まで、、
裏設定とか裏話とかもやってみたいです。
by Negi