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胸騒ぎ。
月が輝きもしない夜のことだった。
私は所謂殺し屋、依頼を受けてその人を殺し金を貰うだけの簡単な仕事。
「……で、貴方がターゲットなんだけど」
彼は前職、私と同じく殺し屋だったが、何処かを怪我したか病気にかかったかで情報屋へと就いた、私の6個上であるがこの社会に入り込んだ時期は同じだ。彼は28歳を名乗っている24歳である。名前はヒョンヤと言っていた。
黒髪で襟足が長く、スクエア型のサングラスをかけ隙間から赤の瞳を覗かせ、黒のレザージャケットを羽織り、足のラインが出る黒のジーンズを履いたなんもも胡散臭い男であり、治安が悪い女誑しだ。
「理由は?」
私は驚きで言葉を失いつつ、言葉を彼にかけ始めた。何故なら、ターゲットを選定するのはヒョンヤ、本人だからだ。
「ははっ、人間いつか死ぬからね」
またいつも通りはぐらかされた。
5年近い年月を近くで過ごしてきた私だが、彼の本心や思い、過去を探る発言をするといつもはぐらかされて無かったことにされる。
「……」
言葉を詰まらせていた。
死んで欲しくない、殺したくない、なんて私の職業とは違う本音が心の中で消化できずに溢れている。
胸のあたりが少し痒くて、変だ。風邪でも引いたのだろうと私は思った。
「本当のこと教えて」
私は彼の手を取った。
その手は角張っていて健康的が白に近い色の手だ。いつもと変わらない。
「本当に俺を殺すように依頼されただけだよ」
嘘のようで、|真《まこと》のようだ。
「………誰?」
これ以上探るのは知り過ぎることだ、と分かっていても私は好奇心には勝てない。
「どっかの国のお偉いさん。名前は………なんだっけ?」
こちら側が名前を知るわけないだろう。
彼は悪いことを考えている少年のように少し笑った。そして、サングラスを下にずらした彼が言う言葉はもう予測できている。
「その人殺せと?」
だから、彼が話すより速く彼にそう尋ねた。
そう言うと彼はニヤけながら、私の隣へと立ち肩を一方的に組んできた。
「さっすが〜」
私より遥かに高い位置にある頭を見上げた。
「………貴方がターゲットの依頼はどうなるの?」
胸の痒さは治らないまま、彼にそう尋ねた。
私に当たっていたはずの月明かりが彼に奪われている。
「さぁ?好きなようにしてよ」
そう返された。
なんでこんな時まで笑っていられるんだ、なんで疑問に思った。殺すつもりなんてない。
「あと、相談なんだけど、胸の内臓側?が痒い」
彼は、肩を組むのをやめてズボンのポケットに手を入れた。その時の彼は何かを企んでいるかのような、胡散臭い笑みを浮かべていた。
「どんな時に?」
なぜこの話題には食いつくのだろうか。自分のことなんて、興味などないくせに。
「貴方といる時」
私はまた彼の顔を見上げて、そう言葉を返した。
「へぇ〜」
彼はまた子供が悪戯を考えたような笑顔を見せた。彼の方が年上なくせに。
「とにかく、今から向かうの?」
「そうだよ。着いてきて」
彼にそう言われて、私は彼の後に連なるように続いていった。
--- * ---
「あら、思ってたより数多いね」
ビル内部、彼は見えている頭を数え始めた。
そうする余裕があるのだろう、彼は人を手にかける側ではないから。
「ま、でも#名前#ちゃんなら余裕でしょ?やっちゃって」
全く、人使いが荒い。
そう思いながらも、私は堂々と前に立ち敵の視線を掻っ攫った。
相手の大将は「やっちまえ」やら何やら言っているが、機関銃を両手に持ち、行動を始めた。
私たちを待ち構えていたであろう、敵共に向かって弾を連射し始めた。弾を全弾撃ち終わる頃には大将以外の人物全てが倒れていた。辺りは赤の色に染められていた。
私は機関銃をその場に置き、ポケットから拳銃を取り出し、相手の額に突き付けた。
何か口を開いて話そうとしていたが、私は既に引き金を引いていた。
「お〜流石」
聞き馴染みのある声。
私の置いた機関銃を両手に持ち、後ろに現れたのはヒョンヤだった。
「胸痒いのはどう?」
ヒョンヤは私に機関銃を預けて、また肩を組んできた。銃3本と成人男性1人は流石に重い。
しかし、胸の痒さと騒ぎは強くなるばかりだ。
「治ってない」
「それ、恋だよ」
胡散臭くて女誑し、治安が悪いコイツに?と心底思った。恋をする要素がないからだ。私が本当に好意を寄せそういう関係になったとしても、彼は平気な顔して浮気をするだろう。
「俺も好きだよ」
彼はまたニヤけていた。軽々しく人の気持ちを弄ばないでくれ。
「本気?どうせ浮気するでしょ」
「本気だよ。ほら顔こっち貸して」
真剣に目を見て告白でもするのか、と私は思いサングラスに遮られた彼の赤い瞳を見つめた。
しかし、状況は違った。
腰を抱かれた私は、彼と目の位置が同じになるほど爪先立ちを強要された。
そして、口を無理矢理開かせ舌を絡めてきた。あまりに柔らかさな感じぬ唇を触れられていた。彼はいつも通り余裕そうな表情であった。
10分が経過した頃、やめてくれの意味で私は額を触り突き飛ばしたが、彼は動かず、辞めようとはしなかった。
--- * ---
そこから30分程度経った頃、やっと唇が離された。
体に思うように力が入らず、崩れ落ちるかと思ったが、腰を抱かれて辛い姿勢のままだった。それに加え、私は息が上がっていた。頬も赤く染まっていることだろう。
彼と私は短い距離だったが、口から出る白い糸で繋がれていた。
「大丈夫?」
こうしたのはお前だろうが、なんてツッコミたくなる気持ちもあるが、力が入らないし気力もなかった。
「めっちゃ疲れてんね」
逆に彼はあまり疲れているようには見えない。というか、いつもより楽しそうだ。
「………楽しい?」
私はせめてもの抵抗でそう聞くので手一杯だった。彼の余裕を少し分けて欲しいものだ。
彼からの回答はなく、どうしたのか、と思ったが彼はまた唇同士を合わせた。そして、また舌を絡めてきた。その口付けは短かったが、さっきより激しかった。
「勿論」
彼は不気味だけれどどこか純粋な笑みを浮かべて、そう言葉を放った。
どうせ、やることをやったらすぐ捨てるくせに。
「どうせ、私のことも捨てるんでしょ?」
私は抱かれていたが、彼から離れた。未来なんて目に見えている。
「へぇ〜そう思われてたんだ」
「捨てるわけないでしょ。#名前#とそこら辺の女は違うよ」
そんなことを言っても信じられないのが彼だ。
しかし、サングラスから覗かれる瞳がそれが真実だと証明するように真っ直ぐだった。
「今日、家きてよ。あ、これ拒否権ないよ」
だから、心の中で誓った。
浮気現場や嘘を吐いたら問答無用で殺すと。
「はぁ………………」
私はため息を吐きながら、彼に連れられていた。
これじゃ、彼の思う壺だ。と思ったけれど、私は彼が好きなようだ。それでいいだろう。