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音とか花とか愛だとか
Knraさんのお誕生日記念小説です。夢要素を含みます。苦手な方は、ブラウザバックなどの対応をお取りくださいますよう、よろしくお願いいたします。
「はぁー、緊張する……。上手く渡せるかな」
心地よい気温、心地よい昼の街の音、そして心地よい、自分自身の心音と浮遊感。それらに身を委ねながら、私は街中を歩いていた。片手には小ぶりな箱、そしてもう片方の手の中には、こちらもまたこじんまりとした花束を抱えながら。
「おっと、なんかすぐ落としちゃいそうだな……。バランス難しい……」
いっぺんに何個かの物を同時に持っていると、落とすかもしれないと心配になってきてしまう。箱と花束を慎重に持ちながら、私は足を進ませていた。
「Kanariaの家に着くまで、それまでギリ持ってくれ……。私のバランス感覚……」
私がこうして物を運んでいる理由は、至って単純なものだ。この箱と花束は、恋人への誕生日プレゼントなのだ。
私の恋人――Kanariaは、今日、五月三十日が誕生日だ。今年で二十三歳になる。
付き合ってから初めて迎える、彼の誕生日。こんなにめでたい日をお祝いしない訳にはいかないので、私は今、彼の自宅まで、プレゼントを持って向かっている。家に着くまで、予定ではあと数分だ。
街を|闊歩《かっぽ》しながら、今から少し楽しみな気持ちになっている自分が居た。今日のために、数週間前からプレゼントの内容を、色々と考えて調べた。それに対して、彼は喜んでくれるだろうかと、一抹の緊張が張り巡っている。不安や心配では無くて、単純なドキドキとした感情だった。
一応、Kanariaの趣味というか、センスに最大限合う内容の物を選んだつもりだ。自分としても満足しているし、もし私が貰う立場だったら喜べるな、という物。
「喜んで、くれるかな」
小さくて真っ赤な薔薇の花束と、綺麗な音が鳴るオルゴール。私に買える範囲内で、できる限りおしゃれ。それでいて、彼も喜んでくれそうな物を選んだ。
「準備はちょっと大変だったけど……、その分、良いの選べたかな」
花束とオルゴールが入っている箱を見て、思わず笑みが溢れた。我ながら、チョイスは大丈夫だと思う。選んだ理由もしっかりあるし、Kanariaなら受け取ってくれるだろう、と思う。
「喜んでくれたらいいな」
そう考えながら歩いていた。その時、前から小さな男の子が歩いてきて、私の方をじっと見つめてきた。どうやら、私が腕に抱えている、薔薇の花束が気になっているようだ。
「おねーさん、そのお花さんたち、きれいだね!」
男の子は、明るい笑顔でそう言った。それを聞いて、私は少し安心した。他の人の目にも、綺麗に映ってるんだと思った。
「本当に?」
「うん! きれい!」
「ふふ、ありがとう」
笑ってそう返した。そうすると、男の子はもう花束に満足したのか、背中を向けて、またどこかへと歩いていった。向こうの方には女の人が見えるので、多分お母さんの所に行ったんだろう。
些細な事だけど、花束を綺麗だと言われた私は、なんだかさっきよりもワクワクが増したような気分になった。あの子が見ても綺麗なんだ、彼からしたって、きっと素敵だ、と思った。元々不安だったなんて事ではないけど、やっぱり褒められると、自信というか誇りが付くものだ。
「……早く行かなきゃ」
私は心を弾ませながら、彼の家まで向かう足を進めた。
--- *** ---
「えーっと……、もう着いちゃった」
数分もしたら、私はKanariaの自宅前まであっという間に着いていた。浮かれた気分で歩いていたら、気づかないうちに予定より早く歩いていたようだ。彼に行くと連絡した時間より、少し早め。どうしようかな、もう行っちゃおうかなと、家の前で、数秒ほど考えてみる。
「うーん……。まぁ、別にいっか!」
早いと言っても、数分ズレているだけだし、大丈夫だろうと思った。今行こうと決めた私は、家のチャイムを鳴らした。出てくれるだろうか。心臓のうっすらとした浮遊感を味わいながら、ドア前でKanariaを待つ。花束とオルゴールは、背中側に隠して。
「――#名前#?」
インターホン越しから、馴染みのある声が聞こえた。
「うん、私だよ」
「じゃあちょっと待って、今開ける」
そう言われた直後、家の中から歩く音が聞こえてくる。徐々に近づいてきて、最終的にドアが開く音がした。鍵を回したガチャ、という音と同時に、彼の姿は現れた。
「#名前#、ちょっと早かったね」
嬉しい、と言う彼の笑顔が可愛らしい。やっぱり好きだと思いながら、私は口を開けた。予定ではもう少し話をしてからプレゼントを渡す予定だったが、別にいいや。そう思いながら。
「うん。……Kanaria、お誕生日おめでとう。これ、プレゼントなんだけど、どうかな」
背中側に持っていた二つを、Kanariaに差し出した。
私の両手に乗っている、赤い薔薇の花束と、優雅なオルゴールの箱。それを見せた瞬間、Kanariaの目がきらりと輝いていた。まるで真っ赤な宝石のように光ったその瞳を、私は見ていた。
「これ……いいの?」
「うん。プレゼントだもん。良かったら受け取って欲しいな」
そう言うと、彼はありがとうと目を細めて笑ってから、花束を自分の腕の中に入れて抱きしめた。
「そっちの箱はなに?」
「これはオルゴールだよ。Kanariaの曲を演奏できるようにしたんだ。前に、自分の曲を別の雰囲気で聴いてみたいって、言ってたから」
オーダーメイドで、Kanariaの作った歌を聴けるようにしたオルゴール。前に彼の方がふと「自分の曲を別の雰囲気で聴いてみたい」と言っていたので、誕生日を機に渡そうと思った。時間やらお金はもちろん掛かったが、それでKanariaが喜んでくれるなら|無問題《モウマンタイ》だ。
「本当に? ありがとう」
ふと、彼のありがとう、と無邪気に笑うその表情が、さっきの子供と重なった。さっき花束を綺麗だと言ってくれた男の子も、こうやって笑っていたな、と思った。
純粋で、汚れのない笑み。まるで宝石みたいに、綺麗だった。
「うん。Kanaria、誕生日おめでとう」
――大好きだよ。
自分もまるでそんな笑顔ができるかのように、にっこりと口角を上げて、愛を伝えた。
誕生日おめでとう。