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公開中
Chapter.1 七十億の白虎
三期までの情報しかないはずです!
原作(漫画)を見ながら書いてます!
オリキャラ注意!
───
作者の海嘯です。
「英国出身の迷ヰ犬」のepisode.1-10の総集編になります。
まとめるにあたり、少し添削しているので良かったらご覧ください。
───
[少年と……]
1.虎
2.爆弾
3.或る任務
4.禍狗
5.襲撃
6.探偵
7.檸檬爆弾
8.暗殺者
9.首領
10.船上での戦い
[オマケ]
北米にある街。
その中でも人通りの全くない裏路地に少年はいた。
「……誘導されてたのは僕の方、か」
ため息を吐く少年の前には一人の男がいた。
堂々とした立ち姿からは、自信以外の何も感じられない。
「本来ならこのようにコソコソしたくないのだが、街中で暴れないように釘を刺されていてね」
そうですか、と雑に返している少年。
しかし、男は一ミリも気にしている様子はない。
少年がこれからどうしようか考えていると、男は後ろに控えていた秘書に指示を出した。
「君を雇いたい」
「はぁ、そうですか」
思わず少年はそう言ってしまった。
ここ数日の動きを監視されていたのは勧誘する前の下調べか、と心の中で一人納得している。
男の秘書が持っているトランクには札束が入っていた。
しかし、大金を差し出されているのに表情ひとつ変えない少年。
その様子を見て、男は頭にはてなマークを浮かべていた。
「この程度の金じゃ雇われてはくれないのか。ならばこの腕時計も──」
「いや、いりません」
「……何故だ?」
シンプルに男は疑問だった。
今までなら、金さえ払えば誰もが部下になって働いてくれた。
金に困っている人が多かったのも理由の一つで、少年も例外ではない。
「普通に嫌なんですよ。僕はごく普通の暮らしをしたいだけ」
「それほどの力を持っていながら、何にも使わないと?」
うん、と少年は近くにあった換気扇へと腰掛けた。
自身の力について調べ上げられていることは予想内だったのか、全く驚いている様子はない。
「戦争は終わった。決して裕福とは言えないけど、別にこの暮らしは嫌いじゃないからね」
少年がそういうと同時に男は一度金を片付けさせた。
そして呆れた顔をしながら壁へと寄りかかる。
何故少年を勧誘しているのか。
理由は《《あるもの》》を探すのに人手が多い方がいいからだった。
虎へと変身する少年がもしも手に入らなかった場合は、捕縛からしなくてはいけない。
その為には、沢山の戦力も必要となってくる。
「最後にもう一度だけ問おう。俺の部下にならないか?」
「ならない」
「……そうか」
少し残念そうに言った男だったが、すぐに心を切り替えて歩き始めた。
未練ダラダラなのを表に出すほど子供ではない。
少年は意外だった。
何が何でも引き入れようとしてくるのかと思って、いつでも逃げれるように準備はしていた。
「気が向いたらいつでも連絡してくれ」
パシッ、と少年の手に吸い込まれるように飛んできたのは電話番号だった。
男の背が見えなくなるまで見送ってから、少年はある場所へ行くことを決意する。
虎の少年へと懸けられた金額は七十億。
捕縛される前に、会ってみたくなったのだ。
「……久しぶりに彼らにも会いにいきますか」
呟いた小さな声は路地裏に吸い込まれるように消えていったのだった。
これは、本来なら存在しない一人の異能力者の物語。
---
--- episode.1 |少年と虎《boy and tiger》 ---
---
???side
よいしょ、と僕は船を降りて空を見上げた。
雲一つない晴天だ。
こういう日はのんびりと草原でピクニックをするのに限るね。
僕はそんなことを考えながら、街を適当に歩いていくことにした。
この街に来た目的は|虎人《リカント》に会うため。
しかし、何処にいるか知らないから《《彼ら》》に先に挨拶するのが良いだろう。
一人は数日後にこの国へ戻ってくる予定。
一人は多分そこら辺の川を流れているはず。
川辺を歩いていたら会えるような気がした。
「……それにしても、驚いたな」
あの組織から勧誘が来ることはもちろん、彼が表社会に行くなんて予想外すぎる。
ずっと彼処で死を望んでいるものと思っていた。
人はそう簡単に変わらない、なんて言うけど僕は違うと思う。
戦争が、出会いや別れがきっかけになりうる。
これらは人間をすぐに変えてしまう。
僕も例外じゃない。
「……さて、と」
中華街で買った肉まんを頬張りながら、僕は川辺を歩いていく。
一日中歩くことには慣れていた。
けれども久しぶりということで心がとても弾んでいるからか、とても疲れた。
少し休憩しようと座っていると、何かが川を流れていった。
疲労で幻覚でも見たのかと思って目を擦ってみたけど、どうやら現実らしい。
見覚えのない砂色の外套。
でも、こんな日に川に流れているなんて《《彼》》しか思い当たらない。
「助ける元気はないんだけどさ」
そう簡単に死ぬ人じゃないし、普通に面倒くさい。
多分、少しすれば相棒が──。
「そう言えば組織から抜けてるんだっけ」
川から生えている足に、鴉が寄ってきた。
そしてカァカァと鳴きながらつついている。
いつまで沈まないのか観察していると、向かい岸から一人の少年が川へと飛び込んだ。
彼を助けに行けるほど元気には見えなかったけど、人助けに理由は必要ない。
「……追うか」
そう、僕は腰を上げるのだった。
太宰side
誰かの咳き込む声が聞こえる。
何故か、川を流れている感覚はない。
「うおっ!」
目を開けて起き上がると、そこは陸だった。
「あ、あんた川に流されてて……大丈夫?」
「──助かったか」
ちぇっ、と私は舌打ちをした。
そして声のした方を振り返ると、一人の少年がいた。
「君かい、私の入水を邪魔したのは」
「邪魔なんて、僕はただ助けようと──」
少年は何か続けようとしたが、固まった。
どうやら入水を知らないようなので、簡単に説明してあげることにする。
私は入水──つまり自殺をしようとしていた。
「それを君が余計なことを──」
ヤレヤレ、と頭を抱えていると少年とは別の声が聞こえてきた。
その声を私は知っている。
ゆっくりと振り返ると、そこには懐かしい人物がいた。
「これはこれは、珍しいですね。今日は一体どうされましたか?」
「別に、どうもしてないよ。ちょっと面倒ごとに巻き込まれそうだから逃げてきただけ」
嘘は言っていない。
しかし、何か隠しているようだった。
「相変わらず、人に迷惑しかかけていないね」
「人に迷惑をかけない、清くクリーンな自殺が私の信条なのだけれど」
だのに、この少年には迷惑をかけた。
此方の落ち度だから何かお詫びをしないといけないな。
そんなことを考えていると、獣の唸り声が辺りに響き渡った。
少年の方を見ると、何とも言えない顔をしている。
私は思わず笑ってしまった。
「空腹かい、少年?」
「じ、実はここ数日何も食べてなくて……」
それに被せるように、私の腹の虫もなってしまった。
お腹空いたな。
でも財布は流されてるんだよな。
どうしたものかと頭を悩ませているその時だった。
「おーい! こんな処に居ったか、唐変木!」
「おー、国木田君ご苦労様」
なんか色々言ってるけど、無視でいいか。
国木田君に奢ってもらうことにしよう。
多分了承してくれるさ。
「君、名前は?」
「中島……敦ですけど」
「ついて来たまえ、敦君。何が食べたい?」
茶漬け、と少し照れくさそうに彼は言った。
餓死寸前の少年が茶漬けを所望することに大笑いしてしまう。
国木田君に三十杯ぐらい奢らせよう。
そういうと、私の名を呼びながら国木田君が怒った。
「太宰?」
そういえば自己紹介がまだだったか。
私としたことが、うっかりしていたな。
「太宰、太宰治だ」
それで、と私は敦君の奥にいた彼へと視線を向ける。
「貴方も一緒にどうですか」
「いいの?」
「もちろんです、ルイスさん」
じゃあ邪魔しようかな、とルイスさんは笑った。
ルイスside
やって来たのはとある食事処だった。
日本らしい店内は、何故か|英国《イギリス》出身の僕でも落ち着く。
虎人改め、中島敦君は太宰君の言っていた通り三十杯近くの茶漬けを食べている。
孤児院を追い出され、無一文だったらしいしお腹空いてたんだろうな。
「おい太宰、早く仕事に戻るぞ」
金髪の男──確か国木田君は苛立っている。
「仕事中に突然『良い川だね』とか云いながら川に飛び込む奴がいるか。おかげで見ろ、予定が大幅に遅れてしまった」
やっぱり相変わらず人に迷惑しかかけてないな。
そんなことを考えながら、僕は頼んだ磯部もちを食べていた。
普通に美味しい。
「国木田君は予定表が好きだねぇ」
「これは予定表ではない! 理想だ!」
凄いな、この手帳。
表紙に理想の二文字が書かれている。
「我が人生の道標だ。そしてこれには『仕事の相方が|自殺嗜癖《じさつマニア》』とは書いていない」
「ぬんむいえおむんぐむぐ?」
「五月蝿い。出費計画の頁にも『俺の金で小僧が茶漬けをしこたま食う』とは書いていない」
「んぐむぬ?」
「だから仕事だ! 俺と太宰は軍警察の依頼で猛獣退治を──」
「君達なんで会話できてるの?」
太宰君がツッコミを入れるなんて珍しいな。
放置していた僕も悪いんだろうけど。
とりあえず、口に食べ物が入ったまま話すのは良くない。
「はー、食った!」
それから少しして、やっと敦君は茶漬けを食べ終えた。
もう十年は見たくないとも言っている。
「いや、ほんっとーに助かりました! 孤児院を追い出されて横浜に出てきてから、食べるものも寝るところもなく……あわや斃死かと」
「ふぅん。君、施設の出かい」
出、というよりは追い出されたらしい。
それから何故か太宰君たちの仕事の話になっていた。
さっき、軍警の依頼で猛獣退治って言ってたよな。
敦君が退治されるなんて、あの男は予想しているのだろうか。
まぁ、僕には関係ないことだけど。
その時、ガタッと音を立てて敦君が椅子から落ちた。
逃げようとしたところを国木田君が捕まえる。
「む、無理だ! 奴──奴に人が敵うわけがない!」
「貴様、『人食い虎』を知っているのか?」
どうやら、敦君は自分がその虎だとは知らないらしい。
孤児院を追い出されたのは其奴のせい。
そう語る敦君だけど、経営が傾いたのなんて一人追い出しても然程変わらないでしょ。
「それで小僧、『殺されかけた』と云うのは?」
「あの人食い虎──孤児院で畑の大根食ってりゃいいのに、ここまで僕を追いかけてきたんだ!」
なんか、虎の正体を知っていると全く面白くないな。
つまらなくて欠伸をしていたら、いつの間にか話はどんどん進んでいた。
どうやら太宰君の案で、敦君が虎探しを手伝うことになったらしい。
ほとんど餌のようなものだけど、報酬に釣られたんだろうな。
「で、ルイスさんはどうします?」
「どうせ暇だからついて行くことにする」
「……そう言えばこの小僧は誰なんだ、太宰」
小僧呼ばわりされて、少し頭にきてしまった。
平常心を保ちながら僕は自己紹介する。
「初めまして、僕はルイス•キャロル。こんな見た目だけど二十六歳だ」
「え、あ……その、すみませんでした」
彼が小僧と呼ぶのも無理はなかった。
何故なら僕はこの中で最年長であるのにも関わらず、誰よりも小さい。
一応160cmはあるけど、童顔だし少年に見えても仕方がないか。
この小説だって今までずっと少年って書いてきてるし。
「で、何処に向かうの?」
「もちろん、虎の現れる場所だよ」
やって来たのは『十五番街の西倉庫』だった。
ここは昔から人が少なく、多少は暴れても問題ない。
懐かしいな、なんて考えながら中へと入る。
暫く、倉庫内には太宰君が本の頁を捲る音だけが響き渡っていた。
「本当にここに現れるんですか?」
「本当だよ」
敦君は心配そうな顔で太宰君を見た。
「心配いらない。虎が現れても私の敵じゃないよ。こう見えても『武装探偵社』の一員だ」
ルイスさんだって居る、と付け足しながら安心させようとしていた。
しかし、僕は武装探偵社の一員ではない。
それに戦争に居たからと言って、戦うことが得意なわけではないのだ。
でもそれを言ったら、敦君はとても心配してしまうことだろう。
「ははっ。凄いですね、自信のある人は。僕なんか孤児院でもずっと『駄目な奴』って言われてて──」
日本はまだ孤児への対応がしっかりしている方だと思っていた。
けれども、意外とそうでもないらしい。
ふと、小さな窓から空を見上げてみると満月が浮かんでいた。
それと同時期に、何処からか物音が聞こえて来る。
敦君は虎が来たのだと怯えていた。
しかし僕はもちろん、太宰君も冷静だった。
「君が街に来たのが二週間前。虎が街に現れたのも二週間前。君が鶴見川べりにいたのが四日前。同じ場所で虎が目撃されたのも四日前」
とっくの昔に、彼は気づいていたのだろう。
巷間には知られていないが、この世には異能の者が少なからずいる。
その力で成功する者もいるのに対して、力を制御できずに身を滅ぼす者もいる。
「大方、施設の人は虎の正体を知っていたが、君には教えなかったのだろう。君だけが解っていなかったのだよ」
ギラッ、と暗闇の中で金色の瞳が光った。
あの男が言っていたとはいえ、本当に虎へと変身してしまうとは。
そんなことを考えていると、白虎は太宰君へと襲い掛かる。
砂埃が舞い、木箱は次々に壊されていった。
「ルイスさーん」
「僕、探偵社員じゃないから」
そんなー、と少し残念そうに言いながら避けている太宰君。
動きはとても身軽だった。
「こりゃ凄い力だ。人の首ぐらい簡単に圧し折れる」
トン、と太宰君は壁へと追い詰められてしまった。
白虎は僕に見向きもしないけど、何故だろうか。
そんなことを考えながら、砂埃の先にうっすらと見える影を眺めていた。
「君では私を殺さない」
--- 『|人間失格《にんげんしっかく》』 ---
太宰君が触れたら変身は解ける。
もう大丈夫そうかな。
そんなことを考えながら木箱を降りていき、僕は近くに行く。
ビタッ、と音が聞こえたかと思えば敦君が横になっている。
どうせ支えるのが面倒くさくなったんだろうな(大正解)
「おい太宰!」
「あぁ、遅かったね。虎は捕まえたよ」
国木田君が倉庫へやって来た。
その後ろをゾロゾロとついてくるのは、多分探偵社員だろう。
「なんだ、怪我人はなしかい? つまんないねェ」
「はっはっは。中々できるようになったじゃないか、太宰。まぁ、僕には及ばないけどね!」
「でも、そのヒトどうするんです? 自覚はなかったわけでしょ?」
「どうする太宰? 一応、区の災害指定猛獣だぞ」
うふふ、と太宰君が笑った。
どうやらもう決めてあるらしい。
まぁ、何となく予想はついているけどね。
「うちの社員にする」
国木田君の驚いた顔からの大声に、思わず笑ってしまった。
これから探偵社の寮に向かうらしいけど、僕はついていけない。
挨拶も出来たし、此処でお別れかなと一人考えていると声を掛けられた。
「それにしても元気そうで何よりだよ、ルイス」
「君も変わりなさそうだね」
「乱歩さん、この人は?」
おっと、自己紹介がまだだった。
「僕はルイス、ルイス•キャロルです」
「私の古い友人だ」
ざわっ、と一瞬なったのが分かる。
そういえば太宰君は元マフィアだってこと話してるのかな。
話してたらこんな空気にならないか。
太宰君のせいだし、関係ない。
「それじゃあ、僕はそろそろ失礼するね」
「行ってしまうのかい?」
長居する理由は特にないし、と告げて横浜の街をぶらりと歩くことにした。
「……まだ帰ってこないんだよな」
そう呟いた僕は海岸にいた。
ここから少し離れたところにはあの『ポートマフィア』本部がある。
昔はよく出入りしていたけど、と懐かしんでいると足音が聞こえて来た。
ここら辺はマフィアの縄張りのようなものだし、見つかると少々面倒くさい。
フラグにならないよう立ち去ろうとしたが、何か嫌な気配がした。
即座に異能を発動させると、鋭いものがぶつかり合う音が辺りに響き渡る。
僕はもう、ため息を吐くしかなかった。
???side
見知らぬ人物が海岸に立っていた。
ここに足を踏み入れるのは敵組織の可能性が高いため、|僕《やつがれ》は異能力を使って攻撃する。
「──!」
しかし、黒獣がその人影を喰らうことはない。
つい先程まではなかった、月光に照らされ輝く銀色の刃によって向きが変えられたのだ。
何者かと警戒する僕に対して、その人物は剣を手に持ちながら笑う。
「久しぶりだね、芥川君」
「る、ルイスさん!?」
予想していなかったせいか、大声を出してしまう。
それにしても、やはり反応が早い。
音一つ立てていなかった筈なのに塞がれてしまった。
流石は『戦神』と呼ばれるだけの実力を持った人物か。
些細な音を拾ったのか、第六感で止めてしまったのか。
どちらにしても、この人の異能力は相変わらず凄い。
何もない場所に急に現れる剣や銃を始めとした、様々な道具たち。
数えきらないほどの種類の武器を扱うこの人自身も凄いと思う。
「今日はどうして此方に?」
「ちょっと面倒ごとに巻き込まれそうでね。日本を選んだ意味はないよ」
「そうですか」
泊まるところなども取ってあるらしく、僕はすぐに別れた。
もしルイスさんが戻って来ていると知ったら、あの人も戻って来てはくれないだろうか。
「……太宰さん」
そう呟いた僕の声は、波に掻き消されるのだった。
---
--- episode.2 |少年と爆弾《boy and bomb》 ---
---
ルイスside
昨日は色々あったような気がする。
太宰君と会ったのはもちろん、例の虎人にも会うことが出来た。
彼は多分、あのまま武装探偵社に入ることになるんだろうな。
「……ふわぁ」
欠伸をしながら僕は布団から出る。
そういえば、芥川君にも会ったんだよな。
「さーてと」
僕は立ち上がってさっさと着替える。
そして、昼過ぎに宿から出るのだった。
「太宰君の連絡先って変わってるのかな……」
マフィアを抜けた時、普通なら変えるだろうけど彼に常識は通用しない。
でも、万が一のこともあるから掛けるのはやめておこう。
探偵社は確か政府公認の異能者集団だから、僕のことも色々と知られているかもしれない。
別に過去を忘れたいわけでも、行いを恥じているわけでもない。
けど、どれだけ勲章を貰っても世に認められても、人を殺したという事実が消える筈なかった。
洗っても洗っても、手を染める真っ赤な血は落ちない。
実際はもう大丈夫な筈なのに、汚れている幻覚を見てしまう。
「……はぁ」
もう、僕は昔みたいに戦場に立つことは出来なくなった。
だから軍を抜けて、裏社会に身を置くことにした。
「とりあえず、彼が帰ってくるまでは暇つぶしが必要かな」
そんなことを呟きながら僕が歩いていると、ある声が耳へと入って来た。
聞いたことがあるような気がして、声のする方へと歩を進める。
矢張り知り合いだった。
「この包帯無駄遣い装置!」
「……国木田君、今の呼称はどうかと思う」
「この非常事態に何をとろとろ歩いて居るのだ! 疾く来い!」
朝から元気だなぁ、と太宰君は何か話し始めていた。
国木田君はそれを本当と信じ、必死にメモを取っている。
しかし嘘だと言われ、怒りから国木田君が締めている。
少し呆れ顔をしていた敦君だったけど、話を戻そうとしていた。
「あの……『非常事態』って?」
「そうだった! 探偵社に来い、人手が要る!」
「何で?」
「爆弾魔が、人質連れて探偵社に立て篭もった!」
大変そうだな、と僕は他人事だと思っていると見つかった。
太宰君と目が合ったかと思えば、満面の笑みを浮かべている。
もう、ため息を吐くことも出来ない。
探偵社に着くと、本当に爆弾魔がいた。
起爆釦らしいものを手に持っており、女学生が人質に取られている。
「犯人は探偵社に恨みがあって、社長に会わせないと爆発するぞ、と」
「ウチは色んな処から恨み買うからねぇ」
国木田君が状況説明してくれている間に、私はそっと顔を出してみる。
あれ、|高性能爆薬《ハイエクスプロオシブ》だな。
この部屋ぐらいなら、簡単に吹き飛ばすぐらいの威力はあるだろう。
「爆弾に何かを被せて爆風を抑える手もあるけど……」
「この状況じゃ無理ですね」
「どうする?」
緊迫した状況の中、冷静に判断しようと思考を回す。
「会わせてあげたら? 社長に」
「殺そうとするに決まってるだろ! それに社長は出張だ」
人質をどうにかする仲間優先だろうな。
そんなことを考えていると、太宰君と国木田君がジャンケンをしていた。
何度かあいこになり、太宰君は勝つとニタァと笑った。
ぐぬぬ、と国木田君は舌打ちをしながら爆弾魔の前へと出る。
一体何をしてるんだ、この人達は。
太宰君は22歳だった筈だけど、何故こうも子供っぽいのだろうか。
「おい、落ち着け少年」
「来るなァ! 吹き飛ばすよ!」
流石、探偵社に私怨を持つだけはある。
社員の顔と名前ぐらいは調べ上げているのか。
もちろん、太宰君が行っても余計警戒されるだけ。
「却説、どうしたものか」
そう言った彼の視線は僕達の方を向く。
にやぁ、と笑ったかと思えば想像通りの提案をされた。
「社員が行けば犯人を刺激する。となれば、無関係で面の割れていない君達が行くしかない」
「むむ無理ですよ、そんなの!」
「知ってると思うけど、僕やらないからね?」
えぇ、と敦君は僕の方を見た。
気を引くのはあまり得意じゃない。
戦場では正面突破しかしてこなかったし、面倒ごとは嫌い。
「犯人の気を逸らせてくれれば、後はルイスさんがやるよ」
「おい」
「そうだな、落伍者の演技でもして気を引いては如何かな」
敦君はムリムリと言っているが、爆弾魔の前に出すことで強制的にやることになっていた。
この感じだと、僕もやらないといけないのかな。
「ぼ、ぼ、僕は、さ、騒ぎを、き、聞きつけた一般市民ですっ! い、い、生きてればいいことあるよ!」
「誰だか知らないが無責任に云うな! みんな死ねば良いんだ!」
「ぼ、僕なんか孤児で家族も友達も居なくて、この前その院さえ追い出されて、行くあても伝手も無いんだ!」
「え……いや、それは」
「害獣に変身しちゃうらしくて軍警にバレたらたぶん縛り首だし、とりたてて特技も長所も無いし、誰が見ても社会のゴミだけどヤケにならずに生きてるんだ!」
あれ、不幸自慢大会でも始まった?
爆弾魔も困ってるの面白いな。
隣で太宰君は笑っている。
「ね、だから爆弾捨てて一緒に仕事探そう」
目が本気なんだよなぁ。
でも本心が混ざった演技だからこそ、爆弾魔に隙が生まれた。
僕が飛び出すと同時に、太宰君は何か指示を出している。
「手帳の頁を|消費《つか》うから、ムダ撃ちは厭なんだがな……!」
--- 『|独歩吟客《どっぽぎんかく》』 ---
理想と書かれた手帳に何かを書き込んだかと思えば、頁を破った。
「手帳の頁を──|鉄線銃《ワイヤーガン》に変える」
変化の異能力なのだろう。
宣言通り頁が鉄線銃に姿を変えた。
国木田君のお陰で、起爆釦は爆弾魔の手から離れる。
今だ、と言わんばかりに太宰君は視線で合図をして来た。
息を吸った僕は足に力を込め、一気に解放させる。
すると一瞬にして爆弾魔との距離は詰められた。
「少し眠って貰うよ」
懐に入ってから顎めがけて蹴り上げる。
結構良い音がしたかと思えば、すぐに国木田君が取り押さえていた。
爆弾は起動していないし、一件落着かな。
へなっ、と安心して座り込む敦君。
一般人からしたらたまったもんじゃないだろうな。
そんなことを考えていると、ピッという音が聞こえたような気がした。
嫌な予感がして爆弾を見たら、カウントダウンがスタートしている。
「あ」
全員が間抜けな声を出したかと思えば、敦君の叫び声が室内に響き渡った。
残り五秒で爆発とか、どうしようもないのでは?
そんなことを考えていると、思わぬ光景が目に映った。
「──は?」
敦君が、爆弾に覆い被さっていた。
確かに何かを被せて爆風を抑える手もあるとは言った。
でも、まさか実践してしまうとは誰が予想したのだろう。
「莫迦!」
そんな太宰君の声が響き渡る。
刻々と爆発するまでのカウントダウンは進んでいく。
あまりこの力は使いたくは無かった。
でも、目の前で誰かが死ぬ方がもっとごめんだ。
--- 『|不思議の国のアリス《Alice in wonderland》』 ---
残り一秒。
そんなギリギリの時間で僕は爆弾を|異能空間《ワンダーランド》に送ることが出来た。
あそこは時の流れの影響を受けないから、ずっと一秒で止まったまま。
とりあえずは一安心かと思って敦君の元へ向かうと、後ろから笑い声が聞こえて来た。
「やれやれ……莫迦とは思っていたがこれほどとは」
「|自殺愛好家《じさつマニア》の才能があるね、彼は」
「へ?」
「ああーん兄様ぁ! 大丈夫でしたかぁ!?」
ゴキッ、と爆弾魔の少年に抱きついた人質の少女。
折れてそうだったけど大丈夫かな。
敦君の方を見てみると、まだ理解が追いついていないようだった。
僕は何となくだけど状況が分かってきた。
「恨むなら太宰を恨め。若しくは仕事斡旋人の選定を間違えた己を恨め」
「そう云うことだよ、敦君。つまりこれは一種の──入社試験だね」
「入社……試験?」
「その通りだ」
声のした方を見れば、一人の和装の男がそこに立っていた。
社長、と国木田くんが呼んでいる。
この人こそ、武装探偵社の社長──福沢諭吉。
「そこの太宰めが『有能な若者が居る』と云うゆえ、その魂の真贋を試させて貰った」
「君は社長に推薦したのだけど、如何せん君は区の災害指定猛獣だ。保護すべきか社内でも揉めてね。で、社長の一声でこうなったと」
「で、社長……結果は?」
少ししてから、福沢さんは口を開いた。
「太宰に一任する」
これさ、僕がいる意味ってあったのかな。
まぁ考えるだけ無駄だよね。
「少し良いか?」
「……別に構いませんよ」
ついて行くと、社長室に案内された。
椅子に座らされて少しすると、茶が運ばれて来た。
特に口をつけることもなく黙っていると、彼が話しかけてくる。
「変わらないな、貴君は」
「見た目?」
「それはそうなんだが、人を守る為ならば異能を使うところ等もな」
確かに、あの力はあまり使いたく無いと思っている。
それなのに爆弾の被害を出さないため、いつの間にか異能空間へと送っていた。
終戦後に『万事屋』として様々なことを請け負っていたことがある。
少しでも罪を償おうと、戦争のことを忘れようと。
あの頃に出会った彼が言うのならば、間違いはないだろう。
「あ、僕は探偵社に入らないからね」
「分かっている」
もう誰の下にもつかず、仲間を作らない。
その為に僕は軍を辞めたのだ。
「……数日後にマフィアの方へも行くんだけど、なんか伝言ある?」
「無い」
「即答ですか」
仲直りはする気ないんだろうな。
はぁ、とため息を吐いた僕は立ち上がった。
そろそろ太宰君や敦君のところへ戻った方がいいだろう。
「貴君は先程、孤独でいることを選択していたが──」
扉に手を掛けたところで、足を止める。
振り返ってみると、福沢さんは優しい笑みを浮かべていた。
「もし困ったことがあったら頼ってくれ」
「そうだよ! 君は一人で抱え込もうとするからね!」
子供らしい声が聞こえた。
福沢さんの後ろからひょっこりと顔を出している少年──江戸川乱歩。
まさか、彼もいたとは思っていなかった。
それにしても一人で抱え込む、か。
心当たりしかなく、思わず笑ってしまう。
「あぁ、そうさせてもらうよ」
福沢side
ルイスは笑みを浮かべていたが、どこか不自然さがあった。
誰かに頼ることなく生きてきたという話を、昔に本人から聞いた。
何度も裏切られ、自分の力だけで乗り越えなければならない状況に陥ったと。
「それじゃ失礼します」
彼が退室し、私は一口だけ茶を飲んだ。
乱歩はルイスに差し出た菓子をモグモグと食べている。
「世界が色付く日は来るのかな、彼に」
「……さぁ、どうだろうな」
ルイスside
爆弾騒動のあった部屋へと戻ると、敦君が何とも言えない表情をしながら涙を流していた。
話を聞くと武装探偵社という物騒な職場で働くのは、無理だと考えた敦君。
しかし、入らない場合は社員寮を出ていかなくてはいけない。
それに寮の食費や電話の支払いもある。
先程自分で言った通り、|害獣《白虎》に変身してしまうことがバレたら縛り首。
ここで働く以外の選択肢はないらしい。
少し可哀想だとは思った。
(命の安全は保証されるけどね)
政府公認ということは、縛り首にされることはないだろう。
まぁ、例の組織に狙われることは変わりないけど。
「そういえば、社長と一体何を話してたんですか?」
太宰君がそう訪ねてきた。
僕は先程の会話を思い出しながら言った。
「……秘密だよ」
「えー」
彼的には、僕も探偵社に入れたかったのかもしれない。
けど、僕に仲間は必要ないから。
---
--- episode.3 |少年と或る任務《boy and a certain mission》 ---
---
ルイスside
武装探偵社の入っている建物の一階には、少し懐かしい雰囲気のある喫茶店があった。
まだ待ち人は帰ってこないらしい。
なので、暫くは敦君の様子を見守ることにした。
「すんませんでしたッ!」
静かな店内に、そんな声が響き渡る。
「その、試験とは云え随分と失礼なことを」
「あぁいえ、良いんですよ」
少し優しい言い方をする爆弾魔だと思ったけど、この性格のせいか。
そんなことを考えながら僕は頼んだ珈琲を飲んだ。
どうやら今回の入社試験は太宰君が考えたものらしい。
あの爆弾、本物にして返してやろうかな。
「ともかくだ、小僧」
太宰君と言い争っていた国木田君は咳をした。
苦笑いを浮かべていた敦君の背筋が伸びる。
「貴様も今日から探偵者が一隅。ゆえに周りに迷惑を振りまき、社の看板を汚すような真似はするな」
俺も他の皆もそのことを徹底している、と続けて茶を飲んだ国木田君。
「なぁ太宰」
「あの美人の給仕さんに『死にたいから頸締めて』って頼んだら応えてくれるかなぁ」
「黙れ、迷惑噴霧器」
くどくど始まったな、と思っていると爆弾魔くんが自己紹介を始めた。
そういえば、ちゃんと挨拶してなかったっけ。
「ボクは谷崎。探偵社で手代みたいな事をやってます。そンでこっちが──」
「妹のナオミですわ。兄様のことなら……何でも知ってますの」
「き──兄弟ですか? 本当に?」
「勿論どこまでも血の繋がった実の兄妹でしてよ……? このアタリの躯つきなんてホントにそっくりで……ねぇ兄様?」
谷崎君の服の中へと手を入れているナオミさん。
流石に兄妹には見えないのだが、国木田君が深く追求しないように目で訴えていた。
まぁ、それが一番な気がする。
「それで、兄様に綺麗な蹴りを入れた貴方は?」
「挨拶が遅れて申し訳ない。僕はルイス•キャロル。以後、お見知りおきを」
「よろしくお願いしますわ!」
癖で手を差し出してしまったが、特に何とも思われていないようだった。
少し兄からの視線が気になったけど。
「そういえば、皆さんは探偵社に入る前は何を?」
敦君はその質問を何となくしたのだろう。
シーン、と静まり返った。
僕と違って胸を張れないような過去じゃないでしょ、多分。
そんなことを考えていると、新入りは先輩の前職を中てるのが定番という話をしていた。
もちろん、僕も新入り扱いにされた。
「谷崎さんと妹さんは……学生?」
「おっ、中った。凄い」
まぁ二人は簡単な方だろうな。
ナオミさんは制服を着ているし、多分そこまで二人に年齢差はない。
「じゃあ国木田君は?」
「止せ。俺の前職など如何でも──」
「うーん、お役人さん?」
「惜しい」
どうやら彼は数学の教師だったらしい。
何か納得してしまった。
よく『ここはxの累乗を使うだろう』とか、黒板を差しながら叫んでそう。
「じゃ私は?」
「太宰さんは……」
笑う太宰君に対して、敦君は想像もつかないようだった。
「無駄だ、小僧。武装探偵社七不思議の一つなのだ、こいつの前職は」
でも、と彼は僕の方を向く。
確かに僕は前職を知っているけど、話すつもりはない。
「七不思議のままで良いと思うよ」
「そういえば、最初に中てた人に賞金があるンでしたっけ」
「誰も中てられなくて、懸賞金が膨れあがってる」
国木田君は溢物の類いだと思っているらしいけど、残念ながら違う。
「しかし、こんな奴がまともな勤め人だったと筈がない」
その言葉を聞いて、僕は思わず笑ってしまった。
確かに太宰治という人間は自殺愛好家で、何を考えているのか分からない人物だ。
「ちなみに懸賞金って如何ほど」
「参加するかい? 賞典は今──七十万だ」
ガタッ、と立ち上がった敦君。
目の色が変わった気がする。
そういえば彼は無一文なんだった。
七十万なんて大金にしか見えていないことだろう。
「中てたら貰える? 本当に?」
「自殺主義者に二言は無いよ」
ふわぁ、と僕は欠伸をした。
なんか面白いことになりそうだけど、とても眠い。
「|勤め人《サラリーマン》」
「違う」
「研究職」
「違う」
「工場労働者」
「違う」
「作家」
「違う」
「役者」
「違うけど、役者は照れるね」
うーん、と敦君は頭を悩ませていた。
僕は本当に眠たくてどうしたものかと頭を悩ませていた。
宿に戻るのは些か面倒くさい。
「だから本当は浪人か無宿人の類だろう?」
「違うよ。この件で私は嘘など吐かない」
「……ルイスさん、本当に太宰は違うんですか?」
「うん。でも君達が思いもよらない職業、とだけ言っておくよ」
降参かな、と太宰君は立ち上がって先に事務所へと戻っていった。
その時、窓をスーツ姿の金髪の女性が歩いていったのが見えた。
女性はエレベーターの方へと向かっていく。
この建物には、探偵社ぐらいしか外部の人間が用ある場所はない。
つまり、依頼人と考えるのが普通だろう。
「うん?」
少し喫茶店でゆっくりしていると、谷崎君の携帯が鳴った。
「ハイ。……え、依頼ですか?」
先程の女性だな、と思いながら僕も何故か探偵社にいた。
依頼人は一人なのに対して、此方は六人と大人数。
変な圧を掛けてしまっているのか、女性は全く話し始めない。
「……あの、えーと、調査のご依頼だとか」
それで、と谷崎君が続けようとすると、邪魔が入った。
「美しい……。睡蓮の花のごとき果敢なく、そして可憐なお嬢さんだ」
「へっ!?」
「どうか私と《《心中》》していただけないだろ──」
スパン、と痛々しい音が部屋に響き渡った。
国木田君も多分同じ考えに至っていたのだろう。
手帳で叩いている分、まだ彼の方が優しい気がする。
「ちょ、重いですって!?」
「なに依頼人を口説いてるの」
僕は太宰君を踏んでいた。
喫茶店でも思っていたことだけど、今は美女との心中を望んでいるんだな。
どちらにしても最低なことには変わらないけど。
重いと言われたことに少しイラついた僕は、グリグリと頭を踏んでいた。
それを見て困惑する依頼人と探偵社一同。
「えっと……」
「あ、済みません。忘れてください」
国木田君の一言で足を離すと、太宰君はズルズルと隣の部屋へと連れていかれた。
特について行く意味はないので、僕は元いた位置へと戻る。
「それで依頼と云うのはですね、我が社のビルヂング裏手に……最近、善からぬ輩が屯しているようなんです」
「善からぬ輩ッていうと?」
「分かりません」
普通に話を再開した依頼人。
変人慣れしてるのかな、と考えている間に国木田君が戻ってきた。
「ですが、|襤褸《ぼろ》をまとって日陰を歩き、聞き慣れない異国語を話す者もいるとか」
「そいつは密輸業者だろう。軍警がいくら取り締まっても船蟲のように涌いてくる、港湾都市の宿業だな」
「えぇ。無法の輩だという証拠さえあれば軍警に掛け合えます」
簡単にまとめると、現場を張って善からぬ輩とやらの証拠を集めたら良い。
密輸業者は無法者だけど、大抵は逃げ足だけが取り得の無害な連中だ。
見張るだけだから初仕事にはちょうど良いらしく、敦君が受けることになった。
谷崎君がサポートに入ることになると、ナオミさんも一緒に行くことに。
「おい小僧。不運かつ不幸なお前の人生に、些かの同情が無いわけでもない」
故に、と国木田君が一枚の写真を取り出した。
横から覗き込んでみると、見覚えしかない。
「こいつには逢うな。遭ったら逃げろ」
「この人は──?」
「マフィアだよ。尤も、他に呼びようがないからそう呼んでるだけだけどね」
国木田君の説明を聞き流していると、谷崎君が敦君を呼ぶ声が聞こえてきた。
今すぐに出るらしい。
見送った僕は、太宰君が横たわる椅子の向かいへと腰を下ろした。
「何で踏んだんですか?」
「別に意味はないよ。次は僕から質問させてもらっても良いかな」
どうぞ、と太宰君が言ったのを確認してから、僕は口を開く。
「前職を辞めた理由を聞いてないと思ってね」
国木田君の掃除機を掛ける音だけが部屋に響き渡る。
笑みを浮かべる僕と同じく、太宰君も笑っていた。
けれど、その瞳に光は宿っていない。
「数少ない友人の、遺言です」
友人、か……。
僕にはいない存在だ。
幼い頃に戦場へと駆り出され、沢山年上の仲間はいた。
けれど、全員がその命を落とした。
仲の良い存在すら、僕にはもういないも同然だろう。
少しして、太宰君はヘッドホンをして歌っていた。
「一人では〜心中は〜できない〜二人では〜できる〜すごい〜」
絶対に世に出ていない曲だろうな。
というか、即興で作っているのだと思う。
ヘッドホンから流れているものが音楽とは限らないからね。
「さて、と……。今日はもう失礼させてもらうね」
「了解です。そういえばルイスさんは探偵社に入らないのですか?」
「組織に入るのは得意じゃないからね。それに、数日後にはもう日本を出る予定だから」
そうなんですか、と国木田君は少し悲しそうに言った。
僕は少しだけ太宰君の扱いに慣れているから、多少は突っ込まなくて済むんだろうな。
でも、あまり長居しすぎると嫌な感情が芽生えてしまう。
「それじゃ」
扉を出ると、怒鳴る声が聞こえてくる。
太宰君の相棒はやっぱり苦労するんだな、と僕は一人で少しだけ笑った。
少し街を歩いていると、何か不穏な気配がした。
あまり面倒ごとに巻き込まれるのは好きではない。
しかし、知り合いが傷つくのを知らないふりをするのは、もっと好きではない。
「……仕方ない」
そう言った僕は裏路地へと足を向けるのだった。
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--- episode.4 少年と禍狗 ---
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No side
敦達が依頼人──樋口へついて行くと、ある路地裏についた。
なんか、鬼魅の悪い処だな。
そう敦が思っていると、谷崎が何かに気がついた。
「無法者と云うのは臆病な連中で──大抵、取引場所に逃げ道を用意しておくモノです。でも此処はホラ、取り方があっちから来たら逃げ道がない」
谷崎が指差したのは、敦らが今やって来た方向だった。
確かに、あそこ以外に逃げられるような道は見当たらない。
「その通りです。失礼とは存じますが、嵌めさせて頂きました」
依頼の件は嘘だったらしい。
そして、樋口の目的は敦達自身。
「芥川先輩? 予定通り捕らえました。これより処分します」
「芥川……だって?」
「我が主の為──ここで死んで頂きます」
樋口の正体がポートマフィアと気付く頃には、もう銃を構えていた。
逃げ道もない敦達三人は、ただ戸惑うことしか出来ない。
敦side
銃声が止んで、僕は閉じていた目を開いた。
谷崎さんを庇うように立っている《《血塗れ》》のナオミさんの姿がそこにはある。
「兄様……大丈……夫?」
「ナオミッ!!」
ドサッ、と音を立てて倒れたナオミさんを見て、僕はその場に座り込んだ。
「し、止血帯。敦くん、止血帯持って無い?」
その声は、全く頭に入ってこなかった。
谷崎さんもパニック状態に陥っているのが分かる。
「そこまでです。貴方が戦闘要員でないことは調査済みです」
谷崎さんの頭に銃口が突きつけられる。
「健気な妹君の後を追っていただきましょうか」
「あ? チンピラごときが──ナオミを傷つけたね?」
--- 『|細雪《ささめゆき》』 ---
雪が降っていた。
まだそんな季節じゃないのに、どうして。
「敦くん、奥に避難するンだ。こいつは──ボクが殺す」
そう谷崎さんが言い終わると同時に、銃声が鳴り響いた。
しかし、一弾も当たることはない。
戦闘向きではない、と道中に言っていたけどこれは一体……。
「ボクの『細雪』は《《雪の降る空間そのものをスクリーンに変える》》」
「なっ……何処だ!」
「ボクの姿の上に背後の風景を上書きした。もうお前にボクは見えない」
「しかし姿は見えずとも、弾は中る筈っ!」
大外れ、と声が聞こえたかと思えば、樋口さんの後ろに人影があった。
谷崎さんは首を手で掴んでおり、どんどん力を込めていく。
苦しそうな樋口さんの声しか聞こえないかと思えば、そこに入ってくる誰かの咳。
次の瞬間、首を絞めていた筈の谷崎さんが床に倒れた。
奥に見えた人影と、目が合ったような気がした。
「死を惧れよ。殺しを惧れよ。死を望む者等しく死に、望まるるが故に──ゴホッ」
僕の脳裏に蘇るのは、国木田さんの言葉。
『こいつには逢うな。遭ったら逃げろ』
『俺でも──奴と戦うのは御免だ』
写真で見せてもらった男が、今目の前にいる。
「お初にお目にかかる。僕は芥川。そこな小娘と同じく、卑しきポートマフィアの狗──ゴホゴホッ」
「芥川先輩、ご自愛を──此処は私ひとりでも」
ピシッと頬を叩く音が響き渡り、カランと樋口さんのサングラスが床に転がる。
何が起こっているのか、僕には一向に理解できなかった。
「人虎は生け捕りとの命の筈。片端から撃ち殺してどうする、役立たずめ」
「──済みません」
人虎……それに生け捕り……?
「あんたたち一体」
「元より僕らの目的は貴様一人なのだ、人虎。そこに転がるお仲間は──いわば貴様の巻添え」
「僕のせいで皆が──?」
然り、と芥川はそれが僕の業だと言った。
《《生きているだけで周囲の人間を損なう》》と言われ、心当たりしかない。
嫌な汗が頬を伝う。
「自分でも薄々気がついているのだろう?」
--- 『|羅生門《らしょうもん》』 ---
そんな声が聞こえたかと思えば、黒い獣が現れた。
思わず目を閉じてしまい、開く頃には僕の右側の地面が削れている。
「僕の『羅生門』は悪食。凡るモノを喰らう。抵抗するならば次は脚だ」
「な、何故? どうして僕が──」
それは心の底から思ったことだった。
僕のせい──?
僕が生きているだけで、皆不幸になるのか──?
「……くん」
後ろからそんな声が、聞こえてきた。
「敦、くん……逃げ、ろ……」
谷崎さんが僕にそう言った。
皆、まだ息はある。
『貴様も今日から探偵社が一隅。社の看板を汚す真似はするな」
国木田さんの言葉を思い出した僕は決意した。
そして芥川へと走り出した。
「玉砕か──詰らぬ」
僕はまっすぐと伸びてきた黒い獣を避け、芥川の背後へと回り込む。
どうにか落ちていた樋口さんの銃を拾って、引き金を引いた。
しかし、銃弾はカランと地面へと落ちた。
「今の動きは中々良かった。しかし、所詮は愚者の蛮勇」
もう、その場に立ち尽くすことしか出来ない。
「云っただろう、僕の黒獣は悪食。凡るモノを喰らう。|仮令《たとえ》それが『《《空間そのもの》》』であっても」
「な……」
「《《銃弾が飛来し、着弾するまでの空間を一部喰い削る》》。槍も炎も空間が途切れれば、僕に届かぬ道理」
そんなの、攻撃の仕様がないじゃないか。
もうどうすることも出来ず諦め掛けていると、芥川は云った。
「そして僕、約束は守る」
言葉の意味を理解するのに、時間は全く掛からなかった。
でも、その一瞬で黒い獣は僕の右足のところまで来ている。
脚を喰われると、とてつもない痛みに襲われると。
そう考えた僕は目を閉じて歯を食いしばることしか出来なかった。
--- 『???????』 ---
ドンッ、と何かの変な音が聞こえた。
ゆっくりと目を開くと、跳ね返ったかのように黒い獣は芥川の目の前で止まっている。
「……その異能力は」
芥川が後ろを振り返る。
そこには見慣れた人物がいた。
けれど、何か違和感を感じて名前を呼ぶのを少し躊躇ってしまう。
ルイスside
「ルイスさん……?」
恐る恐る掛けてきた声が聞こえてきた僕は、一度深呼吸をした。
そして、普通に笑ってみせる。
「君は無事そうで何よりだよ、敦君」
--- 『不思議の国のアリス』 ---
谷崎君とナオミさんを異能空間へ送ると同時に、僕は足に力を込めた。
流石に反応が遅れたのか、芥川君の顔面ギリギリで拳が止まる。
「何故、人虎を庇うのですか」
「答える義理はないよ」
黒獣が襲い掛かる前に異能空間から剣を取り出し、支えにしながら飛び跳ねる。
剣は喰われたが、特に焦ったりはしなかった。
全部が予想内の出来事だ。
「攻撃に集中していると、空間断絶が疎かになるよね」
シュッ、と芥川君の頬をかする刃。
僕はあまり戦うことは好きじゃないけど、やっぱり知り合いの傷つくところは見たくない。
異能無効化を持っていたら、もう少し状況は有利に進むかもしれない。
けど、時間稼ぎさえ出来れば問題はない。
そんなことを考えていると隙が見えた。
見逃すわけもなく、僕は空間断絶をされる前に重い蹴りを芥川君の腹部へと入れる。
元々体が弱いこともあってか、少しふらつきながら咳き込んでいる。
「芥川先輩!」
「退がっていろ、樋口。お前では手に負えぬ」
今ので防御への集中が伸びたよな。
どうしたものかと考えていると、黒獣が地面へと潜っていることに気がついた。
地中からの攻撃か、と全神経を研ぎ澄ませていると後ろから叫び声が聞こえてきた。
振り返ると、敦君の脚が喰われている。
さっき彼にしようとしていたことを実行したのか。
「僕達の目的は人虎ただ一人です。お引き取り願えますか?」
そう、芥川君が言ったので視線を戻す。
敦君を治す方法はあるし、無かったとしても此処で退くわけにはいかない。
とりあえず異能空間に送ろうとすると、獣の唸り声が聞こえてきた。
まさか、と僕は敦君の方を見る。
もうそこには何もいなかった。
少し上を見上げれば、白く綺麗な毛並みの虎がそこにいる。
「……面白い」
--- 『羅生門』 ---
芥川君はそう呟くと、異能力を発動させて攻撃した。
しかし、傷つけてもすぐに無傷な状態へ戻ってしまう。
羅生門が喰らった筈の右足も元通りになっているし、高度かつ高速の再生能力を持っていることが分かる。
「──!」
冷静に観察している場合じゃない。
白虎の時、敦君に意識は無いから僕のことももちろん襲ってきた。
どうにか対応しようとするも、こんな狭い路地裏で虎と戦うことなんて不可能に等しい。
あの力を使えば、まだどうにかなるかもしれないけど却下だ。
芥川君も壁に打ちつけられ、これは本当に躊躇ってはいられない状況になっていく。
「おのれ!」
「莫迦ッ……!」
銃弾をどれだけ撃ったとしても、白虎には傷ひとつつけられない。
ただ自身へと意識を向けさせるだけで自殺行為だ。
「何をしている樋口!」
すぐに異能力を使った芥川君だったが、自身の防御がやはり薄くなる。
白虎は知性があるのか、敦君の記憶を引き継いでいるのか。
あの女性には見向きもせず、芥川君へと飛び掛かった。
急いで移動して彼の脚を引っ掛ければ、その牙が肩へと突き刺さることはない。
まぁ、すぐに移動しないと前足で吹き飛ばされそうになるけど。
「……早く来い」
勘のいい彼のことだから、とっくにこの状況には気付いているのだろう。
このままだと、流石に三人とも体力が尽きて死ぬよ。
「羅生門──!」
「はぁーい、そこまでー」
--- 『人間失格』 ---
芥川君の黒獣が消え、白虎は敦君へと姿が戻る。
肩で呼吸をしなくてはならないほど、僕は息が上がっていた。
久しぶりだというのに動きすぎたかな。
「貴方、探偵社の──! 何故ここに」
「美人さんの行動が気になっちゃう質でね。こっそり聞かせて貰ってた」
やっぱりヘッドホンで音楽なんて聞いてなかったか。
それにしても、盗聴器を仕込むタイミングが凄かったな。
女性をただ口説いているようにしか見えなかった。
関心していると、太宰君は敦君の頬を叩いて起こそうとしている。
どうやら負ぶって帰るのは厭らしい。
「ま……待ちなさい! 生きて帰す訳には」
そう銃を構えた女性に対し、芥川君は笑っている。
「止めろ樋口。お前では勝てぬ」
「芥川先輩! でも!」
「太宰さん、今回は退きましょう。しかし、人虎の首は必ず僕らマフィアが頂く」
咳き込みながら話す芥川君。
意外と僕はダメージを入れられていないのだろう。
さほど、その立ち姿は変わって見えない。
「なんで?」
「簡単な事。その人虎には闇市で七十億の懸賞金が懸かっている。裏社会を牛耳って余りある額だ」
誰がその懸賞金を懸けているのかは、考えなくても判った。
僕を雇おうとした《《彼》》しかあり得ない。
「探偵社には孰れまた伺います。その時、素直に七十億を渡すなら善し。渡さぬなら──」
「《《戦争》》かい? 探偵社と?」
良いねぇ元気で、と少し楽しそうに言った太宰君。
そして真面目な顔をして続けた。
「やってみ給えよ。──やれるものなら」
さて、本当に僕はどうしたものか。
流石にマフィアへ喧嘩は売りたくない。
ま、虎人を守っている時点で敵認識されてるだろうから関係ないけど。
一度行方を眩ませるのが得策かな。
「零歳探偵社ごときが! 我らはこの町の暗部そのもの! 傘下の団体企業は数十を数え、この町の政治•経済の悉くに根を張る!」
「たかだか十数人の探偵社ごとき、簡単に消せるって?」
「──!」
僕の言葉に、女性は驚いているようだった。
しかし、すぐに強気に戻る。
「わ、我らに逆らって生き残った者などいないのだぞ!」
「知ってるよ、その位」
然り、と芥川君は言った。
そこら辺を歩く一般人なんかより、太宰君はそれを衆知していることだろう。
何故なら彼は──。
「元マフィアの太宰さん」
では、と芥川君は踵を返した。
それについて行く部下であろう女性。
裏路地に残された僕と太宰君、そして気絶している敦君。
とにかく、一度探偵社に向かわないとだな。
僕はまだ起きそうにない敦君を背負い、太宰君と社へ帰るのだった。
---
--- episode.5 |少年と襲撃《boy and raid》 ---
---
太宰side
「二人の容体は?」
敦君に七十億の懸賞金が懸けられていることを知ってから、数日が経った。
ルイスさんの異能力のお陰か、あまり傷は悪化していないらしい。
ただ、何回は与謝野女医が治療をしないといけない。
「数日もすれば復活してますよ」
「……そっか」
安心したのか、ルイスさんは少しだけ笑みを浮かべた。
でも、罪悪感を感じているように見える。
幸か不幸か、彼は敦君達が樋口さんに案内された路地裏の近くを通りかかった。
そこで不穏な空気を感じて向かうと、二人は重傷。
敦君も芥川君によって脚を喰われるところだったらしい。
もっと早く、とか考えているのだろうか。
「君も知っての通り、僕は万事屋として活動していた。今回の一件でマフィアに追われるかもしれない」
「……|探偵社《此処》から離れるんですか」
「まぁ、留まる理由もないからね」
ここ数日の様子を見るに、多分ルイスさんは敦君のことで横浜に来たのだろう。
流石に理由までは分からない。
七十億に興味があるわけではないだろうし、白虎を飼うつもりもない筈だ。
「ルイスさん、やっぱり探偵社に入りませんか?」
数日前に言っていた《《面倒事》》。
探偵社員なら、乱歩さんや私がなんとかすることが出来るかもしれない。
「仲間を作りたくないのは分かっています。けど、私は昔みたいに貴方と──!」
「ごめん」
一言だけ呟いたルイスさんは、何故か泣きそうに見えた。
あんな顔、私は一度も見たことがない。
困らせてしまったことを、瞬時に理解した。
「す、いません……」
「謝らなくて良いよ。心配してくれたことは分かってるから」
それで、とルイスさんは医務室の方を見た。
「悲鳴はいつまで聞こえてくるのかな」
与謝野女医の治療は、普通ではない。
何故なら極めて稀少な《《治癒能力者》》で、条件があるらしい。
私が《《触れた能力しか》》無効化できないのと同じなのだらう。
「笑い声も聞こえてくるのはおかしくない?」
「多分、そのうち聞こえなくなりますよ」
「あ、ノーコメントなのね」
そんな事を話していると、遠くで爆発音が聞こえてきた。
先日の交番爆破といい、最近のマフィアは少し行動が派手な気がする。
昼間にわざわざ活動する理由がいまいち掴めないな。
まぁ、理由なんてどうでもいいけど。
「ルイスさん、ついでに太宰。小僧が目覚めたぞ」
「良かった」
「おや、国木田君。眼鏡を額に掛ける遊びはもう辞めたのかい?」
手帳を逆さに持ったりと、最近の国木田君面白いんだよな。
流石に動揺しすぎな気がする。
「七十億の懸賞金、か……。探偵社も襲撃されるかもね」
「備品の始末に、再購入。どうせ階下から苦情もくる。業務予定が狂いまくる……」
私に怒鳴りつけようとする国木田君だったけど、ルイスさんのお陰でそれは免れた。
まぁ、予定が狂うのを想像して頭を抱えながら何か呟いてたけど。
「それじゃあ、私は近くの川を流れてくることにするよ」
いつもなら国木田君が怒鳴りながら突っ込みを入れる。
けれど今日はそれどころではないらしい。
ルイスさんが見送ってくれたのに少し驚きながらも、私は少し遠くの川へと向かうのだった。
ルイスside
「手伝わせてしまい、申し訳ありません」
「別に気にしないでいいよ」
太宰が何処かへ行かなければ、と国木田君はブツブツ何かを言っていた。
面倒くさくて止めなかったから、僕のせいなんだけどな。
まぁ、説明する必要はないだろう。
「小僧も消えたし、全く……探偵社員なら報連相をしっかりしないと駄目ではないか」
そういえば敦君は起きたんだっけ。
谷崎君達も早く復活してくれたらいいな。
「こんな所に居ったか、小僧。お前の所為で大わらわだ」
手を貸せ、と続ける国木田君だったが敦君は大荷物で手が塞がっている。
それに少しばかり悲しそうな表情をしていた。
「……心配いりません。これでもう探偵社は安全です」
「はぁ?」
何となく状況が分かった。
敦君は何処かで、先刻の爆発がマフィアの仕業だと知ったのだろう。
探偵社が巻き込まれないよう、自らが離れる事を決意した。
走り去った敦君を追いかけることは出来ず、その場に立ち尽くす国木田君。
資料いっぱい持ってるもんな。
「とりあえず仕事しようか、国木田君」
「え、あ、はい!」
資料整理を始めて数分が経っただろうか。
幾つか足音が聞こえてくる。
「……面倒だな」
バンッ、と大きな音を立てて扉が飛ばされる。
それと同時に事務室へ流れ込む黒服の男達。
完全にマフィアだな、と思いながらも僕は資料を整理していた。
「失礼。探偵社なのに|事前予約《アポイントメント》を忘れていたな。それから|叩敲《ノック》も」
驚く探偵社員に対し、流石は実働部隊『黒蜥蜴』だな。
一つ一つの所作がとても早い。
「大目に見てくれ。用事はすぐ済む」
銃声が鳴り響くのと同時に、僕は指を鳴らした。
すると、銃弾は放たれた瞬間に姿を消す。
全員が驚いているのを横目に、僕は整理し終わった資料を段ボールへと入れた。
そして銃声が鳴り止む頃、銃自体も異能空間へと転移させた。
武器の持たないマフィアなんて、そこら辺を歩く一般人と大した差はない。
「銃が消えた!?」
「……どうやら探偵社にいるという噂は本当らしい」
顔見知りが何人かいるな。
というか、僕は探偵社員じゃないのを知ってるのか?
「この状態でも続けるならご勝手に」
それだけ告げて、次の資料に手をつけることにした。
視界の隅では、僕を捕らえるためか手を伸ばす人がいる。
しかし、すぐに国木田君が対応してくれて彼は投げ飛ばされた。
他の黒服達も色々な手段で戦闘不能状態にさせられているようだ。
「辞めろ!」
そう、叫びながら敦君が戻ってくる頃には全てが終わっていた。
あまり備品は傷ついていない。
謝罪巡りはしないとだが、普通に襲撃されるよりは被害が抑えられてるだろう。
「おぉ、帰ったか」
グチグチと小言の始まった国木田君。
片付けを僕も手伝った方がいいな、と資料を閉じる。
「国木田さーん、こいつらどうします?」
「窓から棄てとけ」
敦君は変な顔をしている。
どうせマフィアの武闘派集団であり、特殊部隊なみの実力を持っているから探偵社が危ないと思っていたのだろう。
まぁ、普通に銃弾の嵐は危ないよな。
いつもと違って備品の始末や再購入がほぼ必要なく、国木田君が僕にお礼を言ってきた。
大したことはしてないんだけど。
「国木田くーん。僕そろそろ〝名探偵〟の仕事に行かないと」
「名探偵? あぁ、例の殺人事件の応援ですか」
そう、と乱歩は机の上に飛び乗った。
「警察がね、世界最高の能力を持つこの名探偵、乱歩さんの助言が欲しいって泣きついてきてさ」
「こいつに手伝わせます」
とりあえず降りてください、と国木田君は敦君を指差す。
未だに敦君はポカンとしている。
「おい、呆けていないで準備しろ。仕事は山積みだ」
「太宰君も連れてったら? どうせその辺の川を流れてるだろうし」
「そうですね」
にしても太宰君は何処を流れてるのかな。
探偵社への襲撃を予知して逃げたことを考えると、近くではない気がする。
「あ? 何だお前泣いてるのか?」
「泣いてません」
「泣いてないのか」
「泣いてません」
「泣いてるのか?」
「泣いてます!」
国木田君と敦君の会話を見て、僕は思わず笑ってしまった。
探偵社は、想像以上にずっと強かったのだろう。
敦君を社員として歓迎してくれるだけでなく、普通に接してくれる。
彼の過去については彼奴から色々と聞いていたけど、この組織に入れて良かったのではないだろうか。
(仲間、か……)
遠い昔を思い出してしまった。
戦場で共に戦ったあの人達はあの世で元気にしてるだろうか。
そんなことを考えながら、僕はよく晴れた空を窓から眺めるのだった。
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--- episode.6 |少年と探偵《boy and detective》 ---
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No side
マフィアの武闘派集団──黒蜥蜴。
その襲撃を受けた探偵社は少し荒れていた。
「また殺人事件の解決依頼だよ! この街の市警は全く無能だねぇ。僕なしじゃ犯人ひとり捕まえられない」
ニッ、とその男は笑った。
片付けをする社員や事務員だが、彼は鼻歌混じりの軽やかな足取りで室内を歩いている。
「でもまぁ僕の『超推理』は探偵社、いやこの国でも最高の異能力だ! 皆が頼っちゃうのも仕方ないよねぇ!」
ルイスside
「乱歩さん。その足元の本、横の棚に戻さないと」
これは失礼。
そう言った乱歩は避けて本のあるべき場所を指差した。
何故自分で片付けないのか、という表情を浮かべる敦君。
対して国木田君はサッと拾い、棚へとしまった。
「頼りにしています、乱歩さん」
「そうだよ国木田。きみらは探偵社を名乗っておいて、その実猿ほどの推理力もありゃしない」
あーあ、と僕はため息を吐いた。
これ長くなるやつだ。
「皆、僕の能力『超推理』のお零れに与っているのうなものだよ?」
「凄いですよね、『超推理』。使うと《《事件の真相が判っちゃう能力》》なんて」
「探偵社、いえ全異能者の理想です」
あ、国木田君達が強制的に終わらせた。
「小僧、ここは良いから乱歩さんにお供しろ。現場は鉄道列車で直ぐだ」
僕なんかが、と乱歩の助手を重荷に感じているようだった。
しかし、助手などいらないと彼は言う。
「え? じゃあ何故」
「僕、列車の乗り方判んないから」
二人が探偵社を出て、数分が経った。
片付けは終わり、襲撃前にしていた資料整理の続きを始める。
そういえば敦君って電車乗れるのかな。
まだ横浜の街に来てから日が浅いけど大丈夫だろうか。
「──はぁ」
苦情の対応に忙しい国木田君がため息を吐いていた。
「誰か、手の空いている奴はいないか」
「どうされたんです?」
「小僧が迷子になったらしい」
おっと、フラグになってしまったか。
全員忙しく、動ける人はいなさそうだな。
「僕で良ければ行ってくるよ」
「……すみません。ルイスさんは探偵社員ではないのに」
気にしないで良いよ、と僕は笑う。
資料整理の引き継ぎをしようとする国木田君だったが、生憎と全て終わっている。
目を丸くする国木田君は放っておいて、探偵社の扉を抜けるのだった。
---
乱歩side
「まさかきみも駅までの道が判らないとは!」
アッハッハ、と僕は大声で笑う。
「す、すみません……」
「全部がきみのせいというわけではないだろう。この街に来て日の浅いきみに僕のお供を命じた、国木田も悪い」
そんな事を話していると、新人くんの携帯が鳴った。
誰からの電話かは、画面を見なくても分かる。
「──はい、分かりました」
現在、僕達がいる場所を説明するのは難しかったのだろう。
周りに見えるものを、彼は電話の相手に説明していた。
さて、と僕は笑みを浮かべる。
《《彼》》の異能力ならすぐだと思うけど、あまり使いたがらないからな。
「ごめん、待たせたね」
「ルイスさん!」
「意外と早かったじゃん」
どうやら、僕達はあまり探偵社から離れていなかったらしい。
「それじゃあ、敦君は駅までの道をちゃんと覚えてね」
「は、はい!」
ルイスside
結構時間が掛かっちゃったな。
先方、と言っても警察だからそこまで文句は言われないと思うけど──。
「遅いぞ探偵社!」
「ん、きみ誰? 安井さんは?」
箕浦、と名乗った警官は何処か余裕がないように見えた。
そちらが呼んだから来たのに不要と言われ、思わずイラついてしまう。
しかし、そんな僕とは違って乱歩は堂々と言った。
「莫迦だなぁ。この世の難事件は須く名探偵の仕切りに決まっているだろう?」
「抹香臭い探偵社など頼るものか」
「何で」
「殺されたのが──俺の部下だからだ」
納得した。
部下が殺され、平常心でいられる人は中々いない。
僕も戦争で仲間を殺され、何度も涙を流したからよく分かる。
「ルイス」
「……あぁ、ごめん。少し考え事をしてた」
だろうね、と乱歩は僕の顔を見るなりため息を吐いた。
人の顔を見てため息を吐くのはどうなのだろうか。
でも、昔を思い出していた事が表に出ていたような気がする。
そんなことを考えていると、被害者の状態を確認することになった。
「今朝、川を流れている所を発見されました」
「……ご婦人か」
色々と情報が多いな。
ご遺体に損傷はあまりなく、メイク崩れはしていない。
時計は水没しており、時刻は6:00過ぎを指している。
「胸部を銃で三発。それ以外は不明だ。殺害現場も時刻も、弾丸すら貫通しているため発見できていない」
「で、犯人は?」
「判らん」
職場での様子を見る限り、特定の交際相手などはいないらしい。
それ、と乱歩は外していた帽子を被る。
「何も判ってない、って云わない?」
「だからこそ、素人あがりの探偵になど任せられん。さっさと──」
「おーい、網に何か掛かったぞォ」
どうやら、証拠が流れていないか川に網を張って調べているらしい。
そんなことをしなくても、乱歩は犯人の目安ついているんだろうな。
「ひっ、人だァ!」
「人が掛かってるぞォ!」
まさか第二の被害者じゃ、と焦る周りの人達。
川を流れている、という点に関して一つだけ思い浮かんだことがある。
けど、まさかね。
「……ハァ」
僕はその人物の顔を見るなり、頭を抱えてしまった。
「やぁ敦君、仕事中? おつかれさま」
「ま……また入水自殺ですか?」
「独りで自殺なんてもう古いよ、敦君」
警察の人達は敦君達の会話を見て、呆れたような顔をしていた。
もちろん僕もそうだ。
「前回、美人さんの件で実感したよ。矢っ張り死ぬなら心中に限る! 独りこの世を去る淋しさの、何と虚しいことだろう!」
ぞわっ、って背筋がなった。
本当にヤバい奴と化していないか、太宰君。
「というわけでね、一緒に心中してくれる美人募集」
「え? じゃあ今日のこれは?」
「これは単に川を流れてただけ」
ドヤ顔で言うことじゃないでしょ。
太宰君は警察の人達に降ろしてもらい、簡単に今回の事件の内容を聞いていた。
その間にラムネを飲んでいる。
いつ、それに何処で買ってきたのだろう。
「何とかくの如き。佳麗なるご婦人が若き命を散らすとは……!」
何という悲劇、と太宰君は何か叫んでいる。
「悲嘆で胸が破れそうだよ! どうせなら私と心中してくれれば良かったのに!」
「……誰なんだあいつは」
「同僚である僕にも謎だね」
流石に失礼すぎるので一発殴ろうかと思った。
けど、止めておくことにする。
乱歩が被害者の無念を晴らすと何故か自信満々に言っている太宰君。
しかし、未だに依頼は受けていない。
「君、名前は?」
「え? じ、自分は杉本巡査です。殺された山際女史の後輩──であります」
ポン、と乱歩は杉本君の肩に手を置く。
そして《《60秒でこの時間を解決しろ》》と中々難しい事を言った。
いきなりそんな事を言われたら当然、一般人なら焦るわけで。
刻々と時間は過ぎていく。
「そ……そうだ。山際先輩は政治家の汚職疑惑、それにマフィアの活動を追っていました!」
へぇ、と思わず顎に手を添えた。
どちらも色々と面倒事には変わりないが、マフィアだったら少しおかしい点がある。
「そういえば! マフィアの報復の手口に似た殺し方があった筈です! もしかすると先輩は捜査で対立したマフィアに殺され──」
「違うよ」
「え……?」
杉本君の推理を遮ったのは、太宰君だった。
「マフィアの報復の手口は身分証と同じだ。細部が身分を証明する」
「彼等の手口はまず裏切り者に敷石を噛ませて、後頭部を蹴りつけ顎を破壊。激痛に悶える犠牲者をひっくり返して胸に三発……だったかな?」
「た、確かに正確にはそうですが……」
改めて口に出してみると、色々と苦しそうだな。
顎が破壊されてないところを見るに、マフィアに似ているけどマフィアじゃない。
「犯人の偽装工作!」
「そんな……偽装の為だけに、意外に二発も撃つなんて……非道い」
「ぶ〜!」
突然、乱歩が大声を出した。
杉本君はとても驚いているようだ。
もう一分が立ってるのか、と僕は懐中時計を見る。
「はい時間切れー。駄目だねぇ、君。名探偵の才能ないよ!」
「あのなぁ、貴様! |先刻《さっき》から聞いていればやれ推理だ、やれ名探偵だなどと通俗創作の読み過ぎだ!」
事件の解明は地道な調査、聞き込み、現場検証。
流石にこの茶番に付き合っていられなくなった箕浦さんは言った。
まぁ、確かに茶番には飽きてきたな。
「まだ判ってないの? 名探偵は調査なんかしないの」
乱歩の能力『超推理』は凄い。
一度経始すれば犯人が誰で、何時どうやって殺したか瞬時に判るのだから。
それだけでなくどこに証拠があって、どう押せば犯人が自白するかも啓示の如く頭に浮かぶらしい。
「巫山戯るな、貴様は神か何かか! そんな力が有るなら俺たち刑事は皆免職じゃないか!」
「まさにその通り、漸く理解が追いついたじゃないか」
煽るように乱歩は言う。
勿論、箕浦さんは平常心でいられるわけがない。
「まぁまぁ刑事さん、落ち着いて。乱歩さんは始終こんな感じですから」
「僕の座右の銘は『僕がよければすべてよし』だからな!」
「そこまで云うなら見せて貰おうか。その能力とやらを!」
おや、これは少し意外だ。
「それは依頼かな?」
「失敗して大恥をかく依頼だ!」
久しぶりに見るな、乱歩の異能力。
懐から出した眼鏡はとても年季が入っている。
「あっはっは。最初から素直にそう頼めば良いのに」
「ふん。何の手がかりもないこの難事件相手に、大した自信じゃないか。60秒計ってやろうか?」
「そんなにいらない」
笑みを浮かべる乱歩は、楽しそうに見える。
--- 『|超推理《ちょうすいり》』 ---
「……な•る•ほ•ど」
「犯人が分かったのか」
勿論、と乱歩は言った。
箕浦さんは未だに信じていないらしい。
どんな|牽強付会《こじつけ》が出るか気になっているようだ。
乱歩はクイッ、と腕を上げてある人物を指差す。
「犯人は君だ」
全員が指先にいる人物を見て目を丸くした。
指差されていたのは、杉本君。
「おいおい、貴様の力とは笑いを取る能力か? 杉本巡査は警官で俺の部下だぞ!」
「杉本巡査が、彼女を、殺した」
箕浦さんは声を上げて笑っているのに対して、乱歩はしっかりと杉本君を見ていた。
「莫迦を云え! 大体こんな近くに都合良く犯人が居るなど……」
「犯人だからこそ捜査現場に居たがる。それに云わなかったっけ? 『どこに証拠があるかも判る』って」
拳銃貸して、と乱歩は杉本君へ言う。
勿論、一般人に官給の拳銃は渡せる筈ない。
その銃を調べて何も出てこなければ、乱歩の推理は間違っていることに。
でも彼には自信しかないようだった。
「……ふん。貴様の舌先三寸はもう沢山だ。杉本、見せてやれ」
「え? で、ですが」
「ここまで吠えたんだ。納得すれば大人しく帰るだろう。これ以上時間を無駄にはできん。銃を渡してやれ」
杉本君は、黙り込んでいた。
それを見て乱歩は推理の続きを始める。
「いくらこの街でも素人が銃弾を補充するのは容易じゃない。官給品の銃であれば尚更」
「何を……黙っている、杉本」
「彼は考えている最中だよ。減った三発分の銃弾についてどう言い訳するかをね」
流石、としか言いようがない。
杉本君は銃弾の数をどう誤魔化すか必死に考えている事だろう。
しかし、彼は意外にも銃を取り出した。
そして近くにいた僕へと銃口を向けてきた。
「……死にたいとは思っているけど、そう簡単には|あの世《あちら》へはいけないんだ」
悪かったね、と笑いかければ少し戸惑いが見える。
仕方がないので銃を蹴り上げた。
そして太宰治に押された敦君が杉本君の身柄を拘束する。
一瞬、瞳が虎になっていたような気がした。
気のせいだろうけど。
「放せ! 僕は関係ない!」
「逃げても無駄だよ。犯行時刻は昨日の早朝。場所はここから140|米《メートル》上流の造船所跡地」
「なっ、何故それを……!」
「そこに行けばある筈だ。君と、被害者の足跡が。消しきれなかった血痕も」
やっぱり、乱歩は凄いな。
僕も杉本君が犯人なのは分かったけど、流石に正確な犯行時刻や、場所までは当てられない。
杉本君が色々と話してくれたことで、事件は解決された。
「凄かったですね乱歩さん!」
敦君がとても興奮している様子で僕達に語り掛ける。
しかし、太宰君は呟く。
「半分……くらいは判ったかな」
「判った、って何がです?」
「だから先程のだよ。乱歩さんがどうやって推理したか」
どうやら敦君はまだ知らないらしい。
「乱歩は能力者じゃないよ」
「へっ?」
「能力者揃いの探偵社では珍しい、何の能力も所持しない一般人なんだ」
それに、ああ見えて26歳。
見た目が子供らしい僕とは違って、言動が子供っぽいんだよな。
本人は眼鏡をかけると異能が発動すると思ってるんだっけ。
「でも……どうやって事件の場所や時間を中てたんです!?」
杉本君は『偽装の為だけに遺骸に二発も撃つなんて』と言っていた。
普通なら三発撃たれている死体を見たら“三発同時”も考える筈。
つまり、彼は解剖前なのに一発目で被害者が亡くなったことを知っていた。
まぁ、そんなこと犯人しか知らないよね。
犯行時間については、被害者の状態から想像できる。
遺体の損害は少なかったから川を流れていたのは長くて一日。
昨日は火曜で平日だと言うのに、彼女は私服で化粧もしていなかった。
激務で残業の多い刑事がそんな状態で亡くなったことを考えると、早朝とも推理できる。
「他の……犯行現場とか、銃で脅したとかはどうやって」
「そこまではお手上げだよ。乱歩さんの目は私なんかよりずっと多くの手掛かりを捉えていたのだから」
「あ、でも! 彼女の台詞まで中ててましたよね」
「それは僕にも判ったよ」
被害者には交際相手はいない、という話だった。
でも彼女のつけていた腕時計は海外の|銘柄《ブランド》。
独り身の女性が自分用に買う品じゃあないでしょ。
杉本君も同じ|機種《モデル》の紳士用だった。
「じゃあ……あの二人は」
「うん。早朝の呼び出しに化粧もせず駆けつける。そして同じ機種の腕時計」
二人は恋人同時だった。
しかも、職場には内緒だったのだろう。
「それに僕が『悪かったね』と言った時に戸惑いが見えた。普通の女の人が言うのなら『ごめんなさい』だろ?」
「な、なるほど……」
「流石はルイスさん。私はそこまで判らなかったよ」
マフィアの仕業にしようとしたけど、杉本君が最後まで出来なかった理由。
そりゃあ、彼女の顔を蹴り砕けるわけがないよね。
多分政治家も捕まるだろうし、一件落着かな。
「さて敦君、これで判ったろう?」
「何がです?」
「乱歩さんのあの態度を、探偵社の誰も咎めない理由さ」
おーい、と僕達を呼ぶ声が聞こえる。
遠くには手を振る乱歩と、箕浦さんがいた。
「駄菓子を途中で買って帰ろう!」
「そうですね、乱歩さん」
敦君と太宰君で先導するのを、僕達がついていく。
おすすめの駄菓子についての話を聞いていると、不意に乱歩が言った。
「まだ死にたいって思ってるんだね」
キョトン、と思わずしてしまう。
乱歩の表情は悲しそうにも、怒っているように見える。
銃を向けられた時にあんなことを言ってしまったからだろう。
「僕が生き残っていた意味が分からないからね。でも──」
--- |仲間《あの人》達の分まで、生きないと ---
そっか、と乱歩は帽子を深く被った。
僕はいつか心の底から生きたいと思える日が来るのだろうか。
胸を張って生きれる日は、来るのだろうか。
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--- episode.7 |少年と檸檬爆弾《boy and lemon bomb》 ---
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No side
ある繁華街。
そこで数日もの間、少女は一人で立っていた。
通りすがりの人々は全く彼女のことを気にかけない。
「お嬢ちゃん。ねぇ、誰か待ってんの?」
「……。」
酔っ払った男が声を掛けるが、少女は反応しない。
「こいつ、昨日から同じ|姿勢《ポーズ》だぜ。死んでんじゃね?」
「あっ、今|瞬《まばた》きしたよ」
男達を無視し続ける少女。
しかし、ある人影を見つけるなり人混みを掻き分けながら走る。
「うおっ、動いた!」
ある人物の服を少女が掴む。
砂色の長外套に、ぼさぼさの黒い蓬髪。
首や手に巻かれた包帯が印象的な男だった。
その男──武装探偵社の社員である太宰治はもちろん戸惑い、声を上げる。
「え? 私?」
「……見つけた」
少女がそう言うと、強い風が二人の足元から吹いた。
紫色の光が少女を包み込み、背後に何かの《《影》》が現れる。
「……これはまずい」
ルイスside
失礼しまーす、と僕が探偵社の扉を開くと何やら騒がしかった。
「あ、ルイスさん!」
「おはよう、敦君。慌てているようだけど、どうかしたの?」
話を聞くと、太宰君が行方不明らしい。
電話も繋がらず、下宿にも帰っていないという。
「また川だろ」
「また土中では?」
「また拘置所でしょ」
全員酷くないか、と思いながらも僕は太宰君へ電話を掛ける。
「しかし、先日の一件もありますし……真逆マフィアに暗殺されたとか……」
「阿呆か。あの男の危機察知能力と生命力は悪夢の域だ。あれだけ自殺未遂を重ねてまだ一度も死んでいない奴だぞ」
「自分でも殺せないのに、マフィアが殺せるわけないだろう?」
まぁ、あの|首領《ボス》のことだから、そう簡単に殺したりしないだろうけどね。
やはり電話には出なさそうなので切ることにする。
「でも……」
「ボクが調べておくよ」
背後から声が聞こえてきた。
振り返るとそこには、傷一つない谷崎君の姿が。
そういえば今日は悲鳴を聞いてなかったか。
本当に数日掛かったんだな、治療。
もう完全回復かと思っていると、国木田君の質問で顔が真っ白になった。
「谷崎、何度解体された?」
「……四回」
あー、と乱歩達は納得しているようだった。
解体って何のことだろうか。
でも確か、太宰君の話だと異能発動に条件があるんだっけ。
「敦君、探偵社で怪我だけは絶ッ対にしちゃ駄目だよ」
「──?」
「今回はマフィア相手と知れた時点で逃げなかった谷崎が悪い」
ルイスが通りかかったから良かったけど。
そう言った乱歩は谷崎君を指差した。
「マズいと思ったらすぐ逃げる。危機察知能力だね。例えば……」
今から10秒後、と乱歩は時計を見ながら言った。
「ふァ〜〜あ、寝すぎちまったよ」
「与謝野さん」
「あぁ、新入りの敦だね。どっか怪我してないかい?」
「大丈夫です」
ちぇっ、と舌打ちをした与謝野|女医《せんせい》。
ふと辺りを見渡すと乱歩達が見当たらない。
何処へ行ったのか探してみると、机の影でコソコソと手招きをしていた。
どうして隠れているのか、とりあえず近くへ行ってみることに。
「ところで、誰かに買出しの荷持ちを頼もうと思ったンだけど……アンタしか居ないようだねェ」
「え!?」
敦君は半強制的に、与謝野女医に連れてかれて行った。
なるほど、これが危機察知能力か。
「さて、谷崎君の元気な姿が見れたから僕はもう行くかな」
「……暫く戻ってくる気はないんだね」
「え、そうなんですか?」
谷崎君の言葉に、僕は小さく微笑む。
元々こんな長居する予定じゃなかったし、太宰君のことが少し気になる。
本来の目的であった人物も帰国するからだろうしね。
「福沢さん達によろしく伝えといてくれ」
また機会があったら、と僕は探偵社の扉を抜けるのだった。
そして、放置していた携帯を懐から取り出す。
ずっと非通知から着信が来ている。
この携帯の番号を知っている人物は、そう多くない筈なんだけどね。
そんなことを考えながら、私は電話に出るのだった。
「……もしもし」
『私だ。先日は世話になったな』
珍しいな、と思いながら僕はエレベーターの釦を押す。
「広津さんですか。一体何の用ですか?」
『太宰君について話があるのだが、時間はあるかな?』
「ありますよ。今からなら幾らでも」
『そうか。彼はポートマフィア暗殺者によって捕えられ、手枷のついた状態で地下にいる』
「あー、裏切り者が拘束される場所ですね」
流石だな、と広津さんは言う。
首領から依頼を受けて数年の間、マフィア本部で働いていたからね。
「それで、また依頼ですか?」
『話が早くて助かる。詳細は首領から──』
「申し訳ないんですけど僕、現在休業中なので依頼は受けれません」
『……探偵社に入ったからかい?』
おっと、と僕は思わずエレベーターを降りたところで足を止めた。
広津さんとは違う男の声。
声の主が誰かは一瞬で理解した。
「ずっと思ってたんだけど、僕は探偵社に入ってないからね?」
『おや、ならどうして事務作業をしていたり広津さん達を返り討ちにしたんだい?』
「どうせ言っても信じてくれないでしょ」
信用されてないね、とその男は笑う。
ここで何か言ったとして、相手にはただの嘘にしか聞こえない。
あと敦君に用があったと言えば、例の組織との関係を疑われてしまう。
それが一番面倒くさい。
「とにかく、何でも屋は休業中なので依頼は他の人に──」
『太宰君を解放すると言ったら?』
「……どういうこと」
『そのままの意味だよ。君が無事に依頼を達成したら太宰君を解放してあげよう』
呆れすぎて、ため息を吐くことも出来なかった。
「僕は交換条件を出されても動きませんので。それでは失礼します」
ピッ、と半強制的に通話を終了する。
《《あの》》太宰君が不運と過怠で捕まるとは思えないけど、何を考えてるか分からない。
そもそも、彼を捕まえることが出来るほどの実力者がいるのだろうか。
現在のマフィアは、僕がいた頃とは全然違う構成員達がいるんだろうな。
「……とりあえず向かうか」
敦side
買い出しを|付き合わされて《お手伝いして》数時間。
僕は沢山の荷物を両手いっぱいに持たされていた。
「ま、まだ購うんですか?」
「落とすンじゃないよ?」
落としたら、と笑みを浮かべる与謝野さん。
苦笑いを浮かべることしか出来ない。
その時、和装の少女とすれ違った。
一瞬目が合ったけど、すぐに逸らされてしまう。
「……?」
何か引っ掛かっていると、近くを歩いていた女性とぶつかってしまった。
持っていた荷物は散乱して、紙袋の中に入っていた檸檬はコロコロと道を転がっていく。
「ウォウッ!?」
そんな声がした方を見てみると、中年男性が檸檬で転んだようだった。
わなわなと震える男性に駆け寄った僕は、すぐに声を掛ける。
「大丈夫ですか!」
「どうしてくれる。|欧州職人《おうしゅうデザイナー》の特別誂えだぞ!」
「す、すみません、本当に……」
「ご容赦を。お怪我は?」
与謝野さんが、スッと男性の汚れを払う。
ニコッ、と笑っている姿を見て、素直に凄いと思った。
しかし男性は足で与謝野さんの手を払った。
「五月蝿い! 女の癖に儂を誰だと思ってる!」
どうしようか戸惑う僕。
でも、与謝野さんは自分へ向けられた指を持って少し笑っていた。
「そいつは恐れ入ったねェ。女らしくアンタの貧相な××を踏み潰して××してやろうか?」
「……ッ!」
与謝野さんの言葉を聞いて、男性は逃げるようにその場を去った。
それから少しして、僕達は電車に乗っていた。
「済みません、さっきは」
「気にするこたァないよ。ところでアンタ、マフィアに脚を喰い千切られたそうじゃないか」
あぁ、と僕は芥川に右足を喰われたときのことを思い出していた。
ルイスさんが助けに来てくれたから助かったのに、ちゃんとお礼を言えてないな。
帰ったら伝えないと。
「ふぅん、綺麗なモンだねェ」
「ぎゃい!?」
いきなりズボンを捲られ、足を見られる。
色々とされ、とてもくすぐったい。
「あ、あの、何か問題でも?」
「別に。|妾《アタシ》が治療できなくて残念だ、ッて話さ」
でも次はないよ、と与謝野さんは言う。
前回は探偵社に正面から来て自滅していたけど、マフィアは奇襲夜討が本分。
何時どこで襲ってくるか分からない。
マフィアの狙いは僕。
もし一人の時に教われたとしても、探偵者の誰かがいたとしても。
結局、自分の身は自分で守るしかない。
『あァ~、こちら車掌室ゥ』
突然アナウンスが流れ始めた。
『誠に勝手ながらぁ? 唯今よりささやかな〝物理学実験〟を行いまぁす! 題目は〝|非慣性系《ヒカンセーケー》における|爆轟反応《バクゴウハンノー》および|官能評価《カンノーヒョーカ》〟っ! 被験者はお乗りあわせの皆様! ご協力まァ~っことに感謝!』
早速ですがぁ、これをお聞きくださぁ~い。
そんな言葉が聞こえたかと思えば、大きな揺れに襲われる。
トンネル内だからか、爆発音がとても反響していた。
ルイスside
『今ので2、3人は死んだかなぁ~? でも次はこんなモンじゃありません! 皆様が月まで飛べる量の爆弾が、先頭と最後尾に仕掛けられておりまぁ~す!』
テンション高いな。
そんなことを考えながら、僕は乗っている車両に怪我人がいないかを確認した。
音的に、爆発したのは前方車両。
どうやら脱線するほどの威力にはしなかったらしい。
『さてさて、被験者代表の敦くん! 君が首を差し出さないと乗客全員、天国に行っちゃうぞぉ~?』
まぁ、予想通り犯人はマフィアだよね。
そんなことより、この電車に敦君が乗ってるのか。
つまり与謝野さんも近くにいるな。
ここで手を出せば探偵社の味方と認識されてしまうことだろう。
二人なら大丈夫な気もするけど、一応手を貸せるようにはしておこうかな。
「それにきても、凄い覚悟──否、執着だな」
一般人も乗ってる白昼の列車に自爆紛いの脅迫。
敦君に対して、物凄い執着じゃないだ。
「通らせてくれ!」
「──!」
予想通り、与謝野さんがいた。
先頭車両の爆弾を止めるつもりなのだろうか。
「……うるせぇな」
逃げ惑う一般人の叫び声に混ざって聞こえたその声を、僕は聞き逃さなかった。
あまりにも落ち着きすぎている。
まさか、逃げてくるであろう真ん中の車両にも爆弾はあって、マフィアが紛れ込んでるのかもしれない。
その可能性を考えると、僕が動かないといけないかもしれないな。
多分、敦君は最後尾の爆弾へ向かっているはず。
「とりあえず、マフィアを見つけないと」
辺りを見渡したが、パッと見た感じでは誰も怪しくない。
正確に言うなら、人が多すぎて全員の様子を見ることが出来ない。
どうしたら、と僕は頭を悩ませる。
「──!」
何か、固いものが背中に突きつけられた。
あの状況で声が聞こえたということは、あまり遠くにはいない。
気付くのが遅かった。
少し振り返ると、そこには一人の男がいる。
背丈はそこまで変わらないだろうか。
「久しぶりだな、ルイスさん」
「あぁ、なるほど」
わざわざ僕を捕らえるために彼を使うなんて、首領も嫌なことするな。
それにこの状況では異能力を使うことも出来ない。
突然姿を消したら不自然すぎる。
「確かに久しぶりだね。最後に会ったのは六年前かな?」
マフィアが紛れ込んでいる、とは言ったけど構成員と思っていた。
《《五大幹部》》の一人だと誰が予想しただろうか。
「首領の命でアンタを捕らえに来たぜ」
「敦君──否、人虎は良いの? 流石に爆破されたら死ぬと思うけど」
「さぁな、俺は特に聞いていないが大丈夫じゃないか?」
適当すぎないか、と思いながらも僕は手を後ろへ回す。
背中に突き付けられたのは拳銃だな。
一般人が巻き込まれることは避けたいし、大人しく着いていくしかないか。
---
--- episode.8 |少年と暗殺者《boy and assassin》 ---
---
「大人しく着いてこい。でないと、乗客の命は保証できねぇ」
そう、中也が告げる。
元より反抗するつもりはないので、素直にしたがうことにした。
歩いていくと、最後尾が見えてくる。
聞こえてくるのは、戦闘音。
「……敦君」
「あれが噂の人虎か。あれだけ血を流してるのに倒れないなんて凄いな」
敦君と異能生命体が戦っている。
あの夜叉は奥に見える少女の異能か。
助けようかな。
でも、迂闊に動けない。
僕が行動することで、一般人に被害が出る。
与謝野side
先頭車両の扉を開けて中に入ると、何かを踏んだ。
転んでしまった妾は足元を見る。
そこには何故か、《《檸檬》》が転がっていた。
ヒールがピンを抜いてしまい、爆発が起こる。
「果断なる探偵社のご婦人よ、ようこそ! そしてさようならぁ~!」
白衣にゴーグルの男が、座席に腰掛けながら言った。
「おやおや……誰かと思えば有名人じゃないか」
「驚きだなぁ。最近の女性は|頑丈《タフ》だ」
男女同権の時代だからねぇ、と妾は言う。
それにしても、と立ち上がりながら男の姿を確認する。
「アンタみたいな指名手配犯が、こんな所にいる方が驚きだ」
梶井基次郎。
隠密主義のマフィアの中にあって珍しく名の知れた爆弾魔だ。
この前の丸善ビル爆破事件で、一般人を28人も殺している。
あれは素晴らしい実験だったよ、と梶井は笑みを浮かべていた。
「拍動の低下! 神経細胞の酸欠死! 乳酸アシドーシス! 死とは無数の状態変化の複合音楽だ! そして訪れる不可逆なる『死』!」
「死が……実験だって?」
「科学の究極とは『神』と『死』! どちらも実在し、しかし科学で克服できず。ゆえに我らを惹きつける」
さぁて、《《貴女の死は何色かな》》?
そう言った梶井に対して、妾は一言だけ返した。
「確かめてみな……!」
ルイスside
物凄く中也君を蹴り飛ばしたい。
そうすれば、敦君があれ以上傷つかない。
けど、乗客を全員殺すことを彼は出来る。
下手したらマフィアも巻き込んで、全ての証拠を燃やしてしまうだろう。
(異能さえ使えたら)
何も出来ない自分の状況に、だんだんと腹が立ってきた。
「彼女、一体何者?」
「……鏡花は六ヶ月《むつき》で35人殺した天才だ。姐さんと同じく夜叉を具現化するが、携帯電話からの声しか指示は出せねぇ」
なるほど、と僕は少女の首に掛けられた携帯電話を見る。
常に通話状態で、指示を出しているのは一体誰だろうか。
中也君に聞いても教えてくれないだろうな。
梶井side
「噂ほどじゃないなぁー、探偵社ってのも」
下駄で踏みつけながら、僕はナイフは取り出す。
もう爆弾でボロボロだし、次の爆発で死ぬだろう。
その前に教えてもらうことにしようかな。
「『死ぬ』って何?」
「……何だって?」
「学術的な興味だよ。僕は学究の徒だからね」
人の死因──脳細胞の酸欠も、テロメアの摩耗も──。
実験室レヴェルでは単純で可逆的な反応だ。
「なのに何故、死は不可逆なのだ? 何故人は、孰れ必ず死ぬ?」
「そんなことも判らなンのかい?」
笑いながら彼女は言った。
「科学の求道者たるこの梶井が知らないことを……街の便利探偵屋如きが判ると?」
「勿論、理由は簡単。アンタが阿呆だからさ」
勢い良く、僕は女性の手に持っていたナイフを差した。
参考になる意見をどうも、とだけ告げて袖から檸檬爆弾を出す。
「出血多量で死んだ後も、脳と意識は8時間生きているそうだ」
後で彼女の死体に訊いてみることにしよう。
『死んだけど今どんな気分?』
──ってね。
どうやらナイフは床まで刺さっているらしく、女性は逃げられないようだった。
車掌室へと避難した僕の後ろから、爆発音が響き渡った。
少しして、まだ熱の残る車両へと入ると女性は窓側にいた。
軽い足取りで近づいて顔を覗き込むと、目が合った。
女性の右手が、僕の顔へ向かってくる。
「んー、イマイチだねェ。もっと飛ぶかと」
「な、何故」
あんなネズミ花火で死ぬもンか、と女性は僕の胸ぐらを掴む。
「あー、今殴ったのどっち側だっけ」
震える手で左頬を指差す。
すると、何故か右側を殴られた。
「そんな、|先《さっき》まで瀕死だった筈……」
「妾はこう見えても医者でね。アンタの百倍は死を見てる」
死とは何かって、と女性は距離を詰めてくる。
「死は命の喪失さ。妾達医者が|凡百《あらゆる》手を尽くしても、患者の命は指の間から零れ落ちる」
女性は開いていた手を、グッと握りしめた。
そして、僕を見ながら叫んだ。
「命を大事にしない奴は、ぶッ殺してやる」
「お、思い出した……」
彼女は探偵社の専属医である与謝野晶子。
極めて希少な『治癒能力者』だと聞く。
ただ、条件が厳しいと彼女が言った。
「瀕死の重傷しか治せないのさ。これが実に不便でね。何しろ……程々の怪我を治そうと思ったら、まず半殺しにしなくちゃならない」
「な……」
「……おやァ?」
鞄から鉈を取り出した与謝野に、恐怖を覚えた。
「怪我してるねェ、治してやろうか?」
--- 『|君死給勿《キミシニタモウコトナカレ》』 ---
ルイスside
「来ないで」
「ごめん、もう無理だ」
夜叉と距離を詰める敦君。
初撃は皮一枚で済んでいたけど、次の攻撃は避けられそうにない。
流石、唯一の女性幹部である彼女と似た異能と言ったところだろう。
手を出そうとする僕だったが、どうやらその必要はなかったらしい。
「……!」
敦君の腕が、虎に変わっている。
一切刃は通っておらず、その後の攻撃も避けれている。
「おいおい、さっきまでと別人じゃねぇか」
「あれが君達が捕らえようとしている虎人の力だよ」
見た感じ、身体能力はもちろん反射神経も上がっている。
気がつく頃には、少女の首に虎の爪を立てていた。
「終わりだ。この能力を止めて、爆弾の場所を教えろ」
「私の名は鏡花、35人殺した。一番最後に殺したのは三人家族。父親と母親と、男の子。夜叉が首を掻き切った」
一体何を、と警戒していると少女は着物の胸元を開けた。
そこには時限式であろう爆弾がある。
「君は……何者なんだ」
言葉からも彼女自身からも、何の感情も感じない。
敦君の言うとおりだな。
あれが、ポートマフィアでの訓練の賜物か。
そんなことを考えていると、車内アナウンスが響き渡った。
どうやら与謝野さんは無事だったらしい。
非常時用の停止釦で止められるらしいが、果たして本当なのか。
敦君は少女から釦を受け取り、押した。
その途端、爆弾から警告音が鳴り響いた。
「まぁ、そんなことだろうと思った」
『解除など不要。乗客を道連れにし、マフィアへの畏怖を俗衆に示せ』
あと数秒で爆発するな。
爆弾を外そうにも、ここからでも分かるほどしっかり固定されている。
「爆弾を外せ!」
「間に合わない」
ドンッ、と少女は敦君を押して壊れた扉の元へ向かった。
「私は鏡花、35人殺した。もうこれ以上、一人だって殺したくない」
--- 僕は、もう誰も── ---
少女の表情を見て、僕は思わず息を飲む。
遠い日の自分と、その姿が重なって見えた。
列車の外へ身体を放り投げて、川へと落ちていく。
「──!?」
中也君を投げ飛ばして、少女を助けに飛び出した敦君の後を追った。
爆弾は外してくれたので、僕は二人を急いで異能世界へと転移させる。
爆弾を転移させた方が良かったのかもしれはい。
けど、二人が川に落ちるところは見ていられない。
空中に残されたのは爆弾と、僕。
連続で異能世界に送るには数秒のインターバルが必要だ。
「……ヤバいな」
落ちていく僕が最後に見たのは、手を伸ばす中也君の姿だった。
中也side
ルイスさんに触れた俺は、重力を何倍にも掛けた。
落下速度が速まり、ギリギリ爆破に巻き込まれることはない。
だが、川に勢い良く飛び込むことにはなった。
どうにか陸に上がると、ルイスさんは笑っていた。
それを見た俺は、思わず叫んでしまう。
「バカじゃねぇの!?」
下手すれば、爆発に巻き込まれて死んでいた。
それなのに何で、この人は笑っている。
「中也君は優しいね」
「はぁ!?」
ルイスさんは俺を投げ飛ばして、人虎と鏡花を助けに行った。
つまり、俺との約束を破ったことになる。
本来なら乗客全員の息の根を止めてから、ルイスさんの元へ行かないといけない。
でも、俺はこの人を助けた。
「……そういうところが変わってなくて何よりだよ」
さて、とルイスさんは立ち上がって異能力を発動させた。
すると、何もない場所から二人が現れる。
「貴方は……」
「えっと、鏡花ちゃんだっけ。多分探偵社が保護してくれるだろうから、何か聞かれたら僕に助けられたと言うといい」
俺は色々と口を出したかったが、ルイスさんの圧で黙ってしまった。
「僕の名前はルイス。ルイス・キャロルだ」
それじゃあ、という声が聞こえたかと思えば何処かへ歩いていく。
ルイスさんを放って置くわけにも行かず、俺は着いていくことにした。
---
--- episode.9 |少年と首領《boy and boss》 ---
---
No side
敦が目覚めると、そこには一度見たことのある天井が広がっていた。
「おや、起きたんだね」
「与謝野さん……」
辺りを見渡して確信した。
そこは、探偵社の医務室だった。
電車での一件で敦は気を失っており、その間に探偵社へ戻ってきたのだ。
「そうだ、彼女は!?」
「あの子なら隣で寝てるよ」
「良かった……」
そう、敦は胸を下ろすのだった。
鏡花side
探偵社に保護された私は、医務室にいた。
疲労からか眠りについてしまい、目が覚めると質問攻めが始まった。
「娘、黒幕の名を吐け」
「……。」
「マフィアの部隊は|蛇《うわばみ》と同じだ。頭を潰さん限り進み続ける。答えろ、お前の上は誰だ」
「く、国木田さん」
ふと、頭に浮かんだ《《それ》》を私は口にする。
「……橘堂の湯豆腐」
「へ?」
「おいしい」
食べたら話す、と言えば連れていってくれるらしい。
捕まる前に少しぐらい贅沢しても良いかな。
ルイスside
「ほわぁ……」
やっぱり大きいな、と僕はマフィア本部のビルを見上げた。
流石に建物は変わっていないらしい。
数年前と全く同じだ。
「あの、ルイスさん……」
「心配しなくても、今から逃げたりなんてしないよ。だから案内よろしくね」
本部ビルの最上階にある首領執務室。
この街でも五本指に入るぐらい警備が厳重な場所だろう。
随時武装した構成員が立っているだけでなく、監視カメラや赤外線と言った機械もしっかりしている。
相変わらず暗殺しにくそうだな、と考えていると両開きの扉の前に着いた。
「首領、中原です」
「入りたまえ」
扉が開かれると、そこには数年前と比べて皺の増えた首領の姿があった。
一応、僕はいつでも戦闘できる用意はしておく。
「お元気そうで何よりです」
「君も、相変わらずそうだね」
「それで電話で話した件だったら、今すぐにも帰っていい?」
そう告げると、首領は裏のある笑みを浮かべた。
太宰君を解放したいけど、これはバレているやつだな。
そんなことを考えていると首領は、資料を手渡してきた。
ある闇市の頁を印刷したものらしい。
そこには敦君の写真と、懸賞金が七十億ということが書かれている。
「彼と親しいようだね」
「ただ顔見知りな程度だよ」
それじゃあ、と首領が次の資料を見るように促してきた。
「《《彼ら》》について、知っていることを話してもらえるかな?」
一瞬、瞠目してしまったのが自分でも分かる。
相手にそれがバレたことも、気づいた。
まさかマフィアが、《《誰が虎を贖おうとしているのかまで》》調べていたとは。
あまりにも予想外すぎて、どう誤魔化すべきか思考を巡らせるも解決策が浮かばない。
「……ルイスくん?」
「どうして、僕が彼らに関係あると思ったのか教えてもらっても?」
「一番は、君がこの街へ来たタイミングだね」
どうやら入国日時や今日までの行動など、色々と調べあげられているらしい。
これは言い逃れ出来ないかな。
そんなことを考えながら、僕は仕方なく全部話すことにした。
敦君を目的に横浜へ来たことは事実。
しかし、例の組織との関係はない。
勧誘されたが断っているし、今は何でも屋を休業している。
「ということだから、僕は帰らせてもらうよ」
「残念だけど、それは許せないかな」
銃の|安全装置《セーフティー》が外される音が微かに聞こえた。
首領はもちろん、四方八方から銃口が向けられている。
どうしたものかな。
ため息を吐いた僕は辺りを見渡す。
普通に逃げ場はない。
「マフィアに入りたまえ。君は組織に必要だ」
「そういう依頼は受けてない、と昔も説明したような気がするんだけど」
「悪い話ではないと思うけれど」
「組織が嫌いなんだって。ついでに貴方みたいな人」
これ以上は話しても無駄でしかない。
「仕方ないから、何を依頼しようとしていたのかだけ聞くよ」
「君も判っているだろう。虎の少年の捕縛──」
バンッ、と銃声が響き渡った。
僕の手に握られた銃から、火薬の匂いがする。
首領の手から、ゴトッと拳銃が机へ落ちた。
「……ゴム弾なんて、考えたね」
赤く腫れた手首を見ながら、首領は言う。
構成員の意識が、全て僕へと向けられたのが分かる。
「それでは、この辺で失礼します」
異能空間を通じて移動する僕が最後に聞いたのは、発砲音だった。
敦side
橘堂は高級料理店だった。
彼女が数えきれないほどの湯豆腐を食べている間、僕は頭を悩ませている。
『娘を軍警に引き渡せ』
そう、国木田さんは言った。
35人殺しなら、まず死刑。
マフィアに戻っても裏切り者として|刑戮《ころ》されるだけ。
僕には、彼女を助けられない。
『両親が死んで孤児になった私を、マフィアが拾った。私の異能を目当てに』
不幸を凡て肩代わりする覚悟があるか、国木田さんに聞かれた。
でも、僕は胸を張って肯定することはできない。
僕の|舟《ボート》は一人乗り。
『救えないものを救って乗せれば──共に沈むぞ』
それなら、どうして太宰さんは僕を助けてくれたのか。
どれだけ考えても、その答えは出ない。
「それじゃあ行こうか」
「どこへ?」
「え?」
「私をどこへ連れて行くの?」
彼女の問いに、僕は頭をフル回転させた。
国木田さんには気付かれないよう気をつけながら、軍警へ引き渡すように言われた。
どう誤魔化すか考えている僕の頭に、一つ案が浮かんだ。
「君くらいの子が好きな処、例えばデートスポットみたいな」
「……。」
「僕も今日は、請暇を出したし、君だって外出して、遊ぶことなんて、無かったでしょ、付き合うから、如何でしょう、ひとつ、今日は羽を、伸ばされてみては、」
うぅ、慌てて変なこと言っちゃってないかな。
「デートスポット?」
「うん」
「貴方と?」
「うん」
返事してから気がついた。
僕は一体何を言っているんだろうか。
どう弁明するか考えていると、彼女が手を引いた。
そして、様々な観光地を見て回ることに。
「あそこのクレープ屋、凄く美味しいんだよー」
「え、一口食べさせてよ!」
女性達の会話を聞いていた彼女は、じーっとクレープ屋を見ていた。
よもや、と思っていると「たべたい」と言う。
「で、でも|先刻《さっき》あれだけ……」
「べつばら」
「えぇ……?」
流されるまま、僕はクレープを買ってあげた。
他にもゲームセンターで兎のぬいぐるみを一発で取ったり、とても充実した時を過ごす。
そして、数時間が経った頃のことだった。
「もう一つ行きたい処がある」
彼女が指差した建物を見て、僕は驚いた。
そこは交番だった。
「もう十分、楽しんだから」
「でも! 捕まれば君は死罪で」
「マフィアに戻っても処刑される。それに──」
35人殺した私は、生きていることが罪だから。
そう言った彼女の表情は、僕から見えなかった。
どうにか考えを変えてもらおうと開く口。
しかし、言葉ではなく血が出た。
僕の胸に背後から黒い刃が突き刺さっている。
ルイスside
「あー、くそっ」
痛む足を止血していた僕は、そんな言葉を漏らした。
まさか、転移直前に左足の太ももを撃たれることになるとは。
異能世界に応急処置セットがあって良かったからまだ良い。
銃弾が貫通しているとは限らないし、与謝野さんに見てもらえるだろうか。
とにかく移動しないことには始まらない。
--- 『不思議の国のアリス』 ---
銃声が聞こえた。
白昼堂々、しかも表通りから聞こえると言うことは只事ではない。
「敦君……!」
トラックへ雑に入れられたのが見えた。
10人ほどの黒服と、芥川君。
そして電車の時の少女が床に座り込んでいた。
あのままでは敦君が例の組織に引き渡されてしまう。
どうにか助けたいけど、今の僕では芥川君に一撃を与えることも無理だ。
見ていることしか出来ないのが、とても悔しい。
「……僕に出来ることは」
福沢side
「……普通に扉から入ってこれないのか」
ルイス、と私は少し呆れながら言った。
空気入れ換えの為に開けていた窓に、ルイスが腰掛けている。
「色々と忙しそうだったからね」
「……与謝野から聞いた。先日、新人を助けてくれたらしいな」
一瞬考えてから、思い出したように手を叩いた。
それほど経っていない筈だが、彼は色々と忙しかったのだろう。
そんなことを考えていると、ふと違和感に気がついた。
ルイスは少し顔色が悪く、汗をかいている。
窓から入るだけでそこまで息の上がる者ではない筈だが。
「与謝野さんっている?」
「事務室か医務室にいると思うぞ。怪我でもしたのか?」
「ちょっとね。応急処置はしたけど流石に診てもらえないかと思って」
ルイスが視線を向けた先では、血が布に染み出していた。
足に怪我、それにしては出血が多いな。
「僕のことは後で構わないよ。それより、マフィアは敦君をある組織に引き渡すつもりだ」
例の七十億で買おうとしているのは、組織なのか。
口振りからして、ルイスは組織について知っているらしい。
しかし、今は問い詰めている場合ではない。
新人が拐かされたのを、放っておくわけにはいかないな。
「医務室へ行き、与謝野君へ説明すると良い。居なかったときは空いてる寝台で横になっていろ」
「福沢さんは?」
「私は少し、事務室へ行ってくる」
今は護衛依頼のせいで、新人どころではないだろう。
「あ、社長」
「……ナオミか」
「実は敦さんが──」
分かっている、と告げて事務室へ歩を進める。
ルイスから聞いたことを話すと、納得したようだった。
事務室へ入るなり、社員は頭を下げてくる。
「申し訳ありません。業務が終了次第、谷崎と情報を集めて──」
「必要無い」
ルイスの話だと、それでは間に合わないだろう。
国外へ出られた時に我々が出来ることは何もない。
「全員聞け! 新人が拐かされた。全員追躡に当たれ! 無事連れ戻すまで、現業務は凍結とする!」
「凍結!?」
「しかし、幕僚護衛の依頼が……」
「私から連絡を入れる」
小役人共を待たせる程度の貸しは作ってある。
三時間程度なら、相手方も許してくれよう。
「社長~善いのほんとに?」
「……何がだ、乱歩」
理屈で考えていた乱歩。
だが仲間が窮地で、助けねばならん。
これ以上に重い理屈がこの世に有るのか。
「国木田」
「はい」
「三時間で連れ戻せ」
ルイスside
おぉ、綺麗さっぱり無くなってる。
初めて見た治癒能力に僕は感動していた。
「……本当に良かったのかい?」
与謝野さんは、僕の身体中にある傷を見て言った。
軍医はいたが、治癒の異能力を持っているわけではない。
だから、今もこの身に戦争の傷痕は残っている。
否、残ってないといけない。
「嫌なもの見せて悪かったね」
「そういうのは見慣れてる。まぁ、アンタがそれで良いなら妾はこれ以上口を出さないよ」
「助かる」
「個人的には《《ソレ》》に一番驚いたんだが……」
そう、与謝野さんは改めて僕を見ながら言った。
別に話すことの程でもないような気がして放置してた。
「まぁ、色々あったからね」
それじゃあ、と僕は忘れ物がないか確認する。
と言っても、手荷物なんてほぼ無いのと同じだ。
懐中時計と携帯ぐらいしか持ち歩いていない。
「先刻話したみたいに、僕は敦君を助けるために色々動くから」
「妾も今から参加するし、その時に伝えておくよ」
「……助かる」
---
--- episode.10 |少年と船上での戦い《boy and battle on board》 ---
---
ルイスside
太宰君なら普通に脱出しそうだけど、一応ね。
疑われると面倒だからスーツにサングラスをかけてみている。
「さて、太宰君のところへでも向かいますか」
太宰君を処刑するにしても、しないにしても。
暫くは動かされることはないだろう。
普通に真っ直ぐ向かっていると、目的地で誰かの話し声が聞こえてきた。
「一番は、敦君についてだ」
「……人虎のことか」
「彼の為に七十億の賞典を懸けた御大尽が誰なのか、知りたくてね」
太宰君、そして何故か中也君の声がする。
何故、と思っていると面白い話をしているようだった。
まだ入らない方が良いかな。
「明日『五大幹部会』がある」
名の通り、ポートマフィアの五大幹部の集まる会。
確か数年に一度、組織の重要事項を決定する時だけ開かれる会だったかな。
僕の件は別にそこまで重要じゃないし、一体どうして?
「理由は私が先日、組織上層部にある手紙を送ったからだ。で、予言するんだけど……」
「──?」
「君は私を殺さない。どころか、懸賞金の払い主に関する情報の在処を私に教えたうえで、この部屋を出ていく。それも内股歩きのお嬢様口調でね」
意味が分からなく叫んだ中也に、僕は同感しかなかった。
少し気になるけど、そんな中也君は見たくない。
「……手紙?」
「手紙の内容はこうだ」
『太宰
死歿せしむる時、
汝らの凡る秘匿
公にならん』
あぁ、なるほどね。
元幹部であり、裏切り者の太宰君を捕縛した。
でも上層部に『太宰君が死んだら組織の秘密がぜんぶバラされるよ』って手紙までついてきた。
検事局にでも渡ればマフィア幹部全員、百回は死刑に出来るだろうな。
幹部会を開くには重要すぎる。
どうせ中也君は太宰君へ厭がらせに来たのだろう。
でも幹部会の決定前に殺した場合は罷免か、最悪の場合は死刑かな。
もし処刑になっても、太宰君は死ねて喜ぶだけというね。
「ってことで、やりたきゃどうぞ」
絶対満面の笑みを浮かべてるんだろうな、太宰君。
「ほら早く」
それに対して、中也君は本気でイラついていることだろう。
「まーだーかーなー?」
この二人の仲は相変わらずか。
そんなことを考えていると、カランと金属の落ちる音が聞こえてきた。
「何だ、やめるの? 『私の所為で組織を追われる中也』ってのも素敵だったのに」
「……真逆、二番目の目的は《《俺に今の最悪な選択をさせること》》?」
中也君は本当に嫌がらせに来ていたらしい。
でも、太宰君が嫌がらせする為に待っていたという。
久しぶりの再会なのに、一体何をしているんだか。
「死なす……絶対こいつ死なす……」
「おっと、倒れる前にもう一仕事だ」
どうやら、中也君が太宰君の鎖を壊したらしい。
彼が逃げれば逃走幇助の疑いが掛けられるな。
「君が云うことを聞くなら、探偵社の誰かが助けに来た風に偽装してもいい」
「……それを信じろってのか?」
「探偵社の誰か、じゃなくて僕だったらどうかな?」
二人の視線が僕へと向く。
どーも、とサングラスを取りながら階段を降りていくと、二人とも鳩が豆鉄砲を食らったみたいに間抜けな顔をしていた。
中也君はまだしも、太宰君も僕に気づいていなかったらしい。
「それで、僕が太宰君を助けたことにすればいいんでしょ?」
「え、あ、うん」
珍しく返事が雑な太宰君。
動画でも撮っておけば良かった。
「……太宰、望みは何だ」
「さっき云ったよ」
「人虎がどうとかの話なら芥川が仕切ってた。奴は二階の通信保管室に記録を残してる筈だ」
なんか、無理やり話を戻したような気がする。
そんなことを思いながら、僕はどう偽装するかを考えていた。
防犯カメラでも撃って宣戦布告、では無いけど僕がポートマフィアに潜入した記録を残さないと。
「云っておくがな、太宰」
そんな中也君の声が聞こえて、僕は降りてきた階段へと視線を向ける。
「これで終わると思うなよ。二度目はねぇぞ」
「何か忘れてない?」
あ、そういえば予言が全て当たっていない。
ワクワクしながら、僕は携帯電話の写真機を起動させた。
「二度目はなくってよ!」
内股で青筋を浮かべながら言った中也君。
本当に面白いな、彼は。
足音が遠くなったので僕達は情報共有と、これからのことについて話す。
「さて、ルイスさん。偽装の件だけど……」
「心配しなくても此方でどうにかしておくよ。敦君のいる場所に心当たりは?」
「まぁ、講おうとしているのが海外の組織だったら今頃《《船上》》じゃないかな」
国外に出た場合、探偵社が手を出すことは難しい。
僕が手伝うにも例の組織に顔が割れているし、色々と表舞台に立っては動かないな。
「とりあえず、私は通信保管室へ向かいます。それでは、また後で会いましょう」
「……うん」
異能空間から銃を持ってきて、服もいつもの格好へと着替える。
カチャ、という装填音が静かな地下牢獄へと響いた。
「──作戦開始」
太宰side
遠くから銃声が聞こえてきて、私は来た道を振り返る。
「……これは、少し予想外だね」
あの人がこんな方法を選ぶとは思っていなかった。
しかし、お陰で通信保管室まで誰にも会うことがなく来れた。
敦君を講おうとするのは誰か。
とりあえず金銭に余裕がある人物だとは思うけど、資料はどこだろう。
探していると、一つのファイルが目に入った。
ペラペラと捲っていると、ある頁を見て驚いてしまう。
「此奴等は──!?」
とにかく考えるのは、一度ここを脱出してからだな。
いつまでもルイスさんに偽装してもらうわけにもいかない。
ルイスside
本部内に鳴り響く銃声。
(そろそろ、太宰君はあの組織の仕業と知っただろうか)
彼ならすぐに脱出できるだろう。
僕が逃したという風に情報がまわりきった頃だな。
あまり多い人数は相手にしたくないし、異能者が出てきたら何かと面倒くさい。
少し早い気もするけど撤退しよう。
そして、僕がやってきたのはとある船上。
あらゆる箇所が燃えており、何度も爆発音が聞こえてくる。
「……話し声?」
警戒しながら歩を進めると、敦君と芥川君がいた。
鏡花ちゃんは端の方で気絶しているようだ。
もし日本の海域を出てしまった場合は僕の出番だけど、どうにかなるかな。
ふと海の方を見ると、国木田君が小型高速艇に乗っていた。
逃走経路は確保できてるらしいし、暫く見守ることにしよう。
「その程度か、人虎。嬲る趣味はない。一撃で首を落として遣ろう」
もう生きて渡す気はないのか、ポートマフィア。
敦君が死んでいたら|道標《タイガービートル》も何も無いような気がするんだけど。
「呪うなら己れの惰弱さを呪え。貴様は探偵社と云う武装組織に属した故に、自らも強いと錯覚しただけの弱者。その探偵社へも偶然と幸運で属しただけだ」
「……今日は随分よく喋るな」
「無口と申告した憶えは無いが」
今頃だけど、敦君が羅生門に捕らえられている。
普通に逃げられないだろうし、詰んでいるのではないか。
数刻もすればこの船も沈む。
巻き込まれれば無傷では済まない。
「お前の云う通りだ、僕は弱い。けど、ひとつだけ長所がある」
「何だ」
「お前を倒せる」
「……へぇ」
敦君は虎化を解いて、羅生門の拘束から逃れた。
あれだけ虎に飲み込まれていたというのに、電車の時から何かが変わっている。
部分的な変化が、芥川君との戦闘を可能にしていた。
こんな短期間で人は成長するのか、と思わず感心してしまう。
近接戦に持ち込む敦君だったが、流石に空間断絶を破ることは出来ないらしい。
でも、防御が完璧じゃないことに気がついていることだろう。
アレは意外と発動時間が掛かる。
|速度《スピード》で持ち込めば、実戦経験の差も埋められるかもしれない。
「──!」
「餓鬼の殴り合いには付き合えぬ。悪いが此処から、貴様の奮闘を鑑賞させて貰う」
空中に逃げた芥川君。
安全な場所から、黒獣に敦君を襲わせている。
敦君は攻撃を喰らい、そのままコンテナへ突っ込んだ。
その直後、爆発が起きる。
「……。」
芥川君はその様子を、眉一つ動かさずに眺めていた。
この船が完全に歿するまで五分も無さそうだ。
敦君はもう諦めるつもりなのか、踵を返している。
その背後には、一つの影。
「爆発の破片に乗って跳躍を──!?」
血だらけではあるが、もう傷は治っているように見える。
虎の治癒能力、あまりナメない方がいいな。
「……終演かな」
殴られた芥川君が起きる気配はない。
多分、敦君は鏡花ちゃんを連れて脱出するだろう。
爆発に巻き込まれないように見守ろうかと思っていると、敦君の胸を黒い刃が貫いた。
「何故だ」
「……!?」
「《《何故貴様なのだ》》」
まだ立ち上がるか。
羅生門が拳の形になり、敦君を殴り飛ばす。
「貴様の異能は所詮、身に付けて幾許も無い付け焼き刃。欠缺ばかりで戦術の見通しも甘い」
芥川君の言葉から感じるのは──憎悪か。
彼は何をそんなに《《憎んでいる》》のか、分からない。
「──云わせぬ」
でも、予想はつく。
確か太宰君が芥川君に会ったと言っていた。
多分余計なことを言ったのだろう。
「あの人にあのような言葉、二度と云わせぬ!」
ほら絶対そうじゃん。
敦君を捕らえた羅生門は鋭く尖る。
--- 『羅生門・|彼岸桜《ヒガンザクラ》』 ---
敦side
「待……て……どうして……」
僕はずっと気になっていた。
「お前はそんなに強いのに、どうして……彼女を利用したんだ」
「……『夜叉白雪』は殺戮の異能。他者を殺す時のみ、鏡花は強者だ。人を殺さねば無価値」
利用では無い、と芥川は言った。
彼女に価値を、《《生きる価値》》を与えただけに過ぎないと。
それだ。
「誰かに生きる価値が有るか無いかを、お前が判断するな」
肩を羅生門が貫いても、僕は話す事を止めない。
「どうして彼女に、もっと違う言葉をかけてやれなかったんだ」
羅生門を引っ張ることで、芥川も引き寄せられる。
拳は、強く握られていた。
「人は誰かに『生きてていいよ』と云われなくちゃ生きていけないんだ! そんな簡単なことがどうして分からないんだ!」
拳は避けられ、代わりに羅生門が鳩尾に入る。
痛い。でも今やられるわけにはいかない。
虎の爪を振るうと、羅生門が消えた。
追撃しようにも、また空中へ逃げられそうになる。
飛んで追いかけようにも、地面から生えた黒い刃が幾つも僕の体へ突き刺さった。
芥川side
人虎は自らの手で引き抜き、|早蕨《サワラビ》を足場にした。
しかし、こうなることは予想内だ。
用意していた|獄門顎《ゴクモンアギト》が人虎の身体に確かに入った。
落ちた先は海で、足場にするものはない。
「──!?」
虎の尾が、僕の体に巻き付いていた。
向かってくる拳を空間断絶で防ごうとする。
しかし硝子のようにパリンと音を立て、割れてしまった。
その時、不意に思い出した。
地下牢であの人に言われたその言葉を、思い出した。
--- 私の新しい部下は、君なんかより── ---
よっぽど優秀、か。
ルイスside
今度こそ、終演か。
芥川君は海に落ちて、敦君は戦場に落ちた。
この戦いは敦君の勝利と言えよう。
そんなことより、もう船が沈むまで時間がない。
どうにか異能で芥川君は、海に浸かる前に回収して脱出艇の上へと寝かせておいた。
多分、誰かは回収に来るはず。
「……後は此方か」
何かあった時にすぐ使えるように、異能力を使わずに船を歩く。
確かこの辺にいた筈だけど、煙と炎で視界が悪すぎる。
「貴女は……!」
「探偵社員が此方で待機している。敦君は僕が背負うから付いてきて」
コクッ、と頷いた彼女。
ボロボロで気絶している敦君を背負い歩くが、爆発のせいか思うように進めない。
沈むまで残り一分を切ったぐらいだろうか。
異能力を使うしかない。
でも、彼処には《《彼女》》がいる。
意識のある人を入れるのは避けたいけど──。
「変な空間に飛ばされるけど、すぐに戻すから」
--- 『不思議の国のアリス』 ---
炎も煙も気にせず、国木田君の居た方向へ駆ける。
すると何もない海が目の前に広がっていた。
泳いで探すか……否、爆発に巻き込まれると少々面倒くさい。
その時グラッ、と船が揺れて大きな爆発が起こった。
物凄い風に、僕の体は海へ放り投げられる。
「おぉ、ナイスタイミング」
「ルイスさん!?」
小型高速艇に運良く乗れた僕は、国木田君に軽く説明した。
前回の谷崎君達同様、二人は異能空間にいる。
与謝野さんも待機していてくれているらしいし、とりあえず一安心かな。
数日しかないけど、その間はゆっくり過ごしてほしい。
そんなことを思いながら、僕は少しだけ眠りにつくのだった。
---
--- オマケ ---
---
No side
「……時間だ」
欧州のどこか。
男は腕時計が六時を指すのを見て、そう呟いた。
「島国の田舎マフィアめ。約束の時間も守らないとは、とんだ《《はんちく》》だな!」
男はマイクを近づけ、改めて言う。
「懸賞金作戦は失敗。どうしたものだか」
「どうぞお好きに。わたくし達が|手袋《ハンドウェア》を汚す程の相手ではありませんもの」
通信相手である《時計塔の従騎士》近衛騎士長──デイム•アガサ•クリスティ爵は紅茶を嗜みながら呟く。
「全て予想の通りです。いずれにしても、ぼくたちは勝手にやらせてもらいますよ。神と悪霊の|右手《めて》が示す通りに」
爪を噛みながら地下組織である《死の家の鼠》頭目──フョードル•ドストエフスキーも、そう返した。
「ご機嫌よう」
「……ではまた」
通信が切れ、部屋は無音になった。
協調性のない貧乏人どもめ、と男は舌打ちをする。
「まぁいい。二番手が|利益《プロフィット》に与れる道理はなにもない」
能力者集団《 |組合《ギルド》 》の団長である男──フランシス•スコット•キーフィッツジェラルドはグラスを掲げながら言った。
「約定の地は、我ら《組合》が必ず頂く」
そして、とフィッツジェラルドは机上に置かれた資料を手に取る。
二つの資料には、ある人物について書かれているようだった。
片方の資料には金髪に、若葉のような鮮やかな緑色の瞳をした英国人。
氏名のところに書かれているのは『Lewis Carroll』の文字。
その英国人は『戦神』と呼ばれ、数年前の戦争ではその異名に相応しい戦果をあげた。
しかし戦後は英国軍から脱退して、『何でも屋』をしている。
それも休業中だが。
そして、もう片方の資料には金髪に、燃え上がる炎の色の瞳をした英国人。
氏名のところに書かれているのは──。
「彼らも《組合》に引き入れてみせる」
あれから例の国に行ったらしいが、とフィッツジェラルドは少年の目的を考えてみる。
しかし、どれだけ悩んでも答えは出そうになかった。
「──フィッツジェラルド様」
「もう準備が出来たのか」
女性が返事をし、フィッツジェラルドはワインを飲み切って立ち上がる。
「さぁ、俺たちも向かうことにしよう──」
--- 日本へ ---
この度は「英国出身の迷ヰ犬」の総集編である「Chapter.1 七十億の白虎」を読んでくださり、誠にありがとうございます。
作者の海嘯です。
最後の最後に、本編で書き切れなかった三人の会話を書きました。
もう片方の資料のキャラクターは、episode.11からの次章「Chapter.2 三社鼎立(仮)」で登場予定です。
一応、この小説にもフラグ(?)は入れています。
もしかしたら、キャラクター名が分かる方もいらっしゃるかもしれませんね。
それでは、次回の「英国出身の迷ヰ犬」もお楽しみに。
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私のイメージです(Lewis Carroll)
もっと幼い気がするけど、イメージだからいいんだよ((
https://picrew.me/share?cd=Y4mfxMyYFl
───
???side
異能空間に「ワンダーランド」なんて名前をつけてるけど、ここは真っ白で何も面白くない。
不思議な国なら喋る花とか兎とか、色々といていいと思うんだけど。
髪切っちゃったから三つ編みとかも出来ないし、やることなくて暇だな。
「あー、外に出たい」
決して叶わない願いを、私は口にする。
こんな檻さえなければまだ退屈を凌げるのに。
ふわぁ、と欠伸が出た。
やることないし、今日も力を使って遊ぶことにしよう。