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第4話「罪の味は蜜」
Ameri.zip
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
【前回のあらすじ】
シイとフーゾに連れられ、彼らの上司であり混乱的城市を統べる総統のクリス・ウィルダートと対面した落安零。
どうやら彼はその帰りに、疲労から寝落ちしてしまったようで…
ぼんやりとした記憶が、僕を包み込む。
これは幼少期だ。まだ両親が優しくて、姉がいて、なにも怖くなかった頃。あの頃は、世界が輝いていた。
何時からだろう、両親が僕に嫌悪の視線を向けるようになったのは。
いつからだろう、家に誰かの怒号が響くようになったのは
いつから、姉は消えたのだったか
いつから僕は、こんなふうに…
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慌てて飛び起きる。急いで布団から出て、それから、勉強、勉強をしないと。勉強ができないんだから、できるようになって、それでやっと価値があるんだから。
「零くん、落ち着いて。深呼吸して。ここには勉強机も親も居ないから」
起き上がろうとした体を抑えられ、背をさすられている。さすっているのはシイさんだ。そうだった、僕は今家に居ないんだと気がつく。
よく聞いてみたら、呼吸も可笑しい。多分吸いすぎ何だろうが、呼吸の正しいやり方が分からない。こわい。早く戻さないと。
「だぁいじょぶ、ゆ~っくりで良いからね。学校も無いし、勉強もしなくて良いんだよ。ここにいる誰も、零くんのこと責めないからねぇ」
ゆっくり、ゆっくりどうやって何をするんだっけ。何回も言われた筈なのに、何も思い出せない。思い出すのは、嫌なことだけ。
「零くん零くん、俺フーゾね。とりあえず息吐こうか。すー、はーのリズムで、いけそう?」
「う、はァッ、ひ」
「苦しくなるまで、い~っぱい息吸ってぇ…そうそう、上手。そしたら、息ぜ~んぶ吐こっか。大丈夫、急がないでいいからね。落ち着いて、零くんのペースでやっていこう」
「大変ご迷惑をお掛けしました」
「ヤバいシイ、なんか零くんが見たことない謝罪体制してるんだけど。正座かこれ??」
「あーね、多分土下座。なんかの書物でみた気がするし」
醜態を見せたことに対する恥ずかしさや、二人の手を煩わせてしまったことに対する申し訳なさ、不甲斐なさで涙が出てきそうだった。二人の顔を見たら確実に泣きたくなるから、顔があげられない。きっと、失望の目をしている筈だ。
「別に気にしなくて良いのにねぇ。事情もシイから聞いたしさ」
「そうそう、零くんもオレらと一緒に暮らすなら迷惑かけても良い!ってこと分かって欲しいよ。ホントにね」
もう既に迷惑をかけてしまっている場合はどうしたら良いのだろうか。二人とも、僕のことを気遣ってくれていることがひしひしと伝わってきて、非常に申し訳がない。こんな自分が情けなくて、また涙が出そうだ…
「零くん、朝ごはん作ったけど食べられそう?今からでもメニュー別のにできるけど」
「大丈夫です。本当にごめんなさい…」
「ありがとう、で良いんだよ~」
「はい、ごめんなさい…」
この世界に来てから数日が経った。僕は変わらず二人の家に住まわせて貰っていて、今のところ何も成せてはいない。
ずぅっと、ここに来たときから仕事をしなければならないな、と思ってはいた。だが、あまりにも二人が良いよ良いよと渋るため、なかなか強く言えずにいたのだ。我ながら言い訳がましいな…
正直なところ、僕みたいなのがマトモに仕事をできるのか?という不安はある。自分を高尚な存在だと思っていて、やること成すこと生意気で、そのくせ文句と言い訳ばかりとは父の言葉だ。全くもってその通りだから、己に腹が立つ。
そんなヤツがやれる仕事なんて、本当に限られてくるだろう。少なくとも、僕なら僕みたいなのは雇いたくないし、同じ環境で仕事をしたくない。
だが、このまま二人の脛を齧って生きるのはもっと最悪だ。そうなってしまえば、きっと僕はいずれ僕のことを殺すだろう。だからまずは、シイさんにその旨を伝えなければいけないのだ。
「え、ヤダ」
「えぇ…???」
開始早々却下されてしまったのだが、ここからどうすれば良いんだろう。即答だったぞ、逆転する未来が見えない。
というかこの人、数日前に仕事紹介できるとか言ってたじゃないか!!!せめて言ってることとやってることを統一して欲しい。いや、まぁ確かに、これは僕の我儘だけども…
「…一応、理由を聞いても?」
「危険だし。零くんが傷こさえて帰ってきたら、オレは悲しい」
「過保護な親???」
とんでもない理論が飛び出してきた。こりゃたまげた…じゃなくて、どうしてこんなに守られてるのかが分からない。本当に、何故。特に何もしていないのに…
「逆に何さ、零くんは今の環境で何が不満なのよ。衣食住もっと豪華にする?なんか高いモン欲しかったりするの?それともまさか…欲求不満???」
「最後に関しては本当に何でなんですか。…そうじゃなくって、その……何にも出来てないなって…」
「え、零くんはご自分が存在してるだけで癒しってことをお分かりでない?も~、愛情が足りなかったか」
「いや、いらないです…」
傷をこさえたら困るようなことって、それこそ商品価値が下がるくらいだよな…そうなると、この人は僕を売ろうとしているのか…?と考えて、すぐにその考えを振り払う。僕のことを連れ出してくれた人になんて失礼なことを考えるのだろう。売られることですら恩返しになるくらいお世話になっているのに。恩知らずが。
「自立したいんです。まだ僕はお金もないし、知識もないから、二人に迷惑かけちゃいますけど…でも、いずれは自分だけで生きれるようになりたいんです」
「れ、零くん~…!!!」
「だからお願いです。僕に仕事させてください!お願いします!!」
頭を深く下げる。勢い良く下げすぎて、腰がいたくなったし、ちょっとよろめいた。が、それでもぐっと立ち止まる。
「…そんなに言うなら、良いよ」
「本当ですか?!!!」
「うん…ただ、もしこの仕事が無理なら、仕事をするのは諦めてくれ」
「何の仕事なんですか…?」
「まぁなんだ、ちょっとした便利屋だよ」
生ぬるい水が頬につく。否、水ではなく血だ。目の前の光景に目眩がする。これは、何だ?絶叫は聞こえなかった。一瞬だった。一瞬で人が倒れて、きっと、死んだ。吐き気がする。ぐっと堪えて、堪えて、口が酸っぱくなった。それでもなんとか堪える。
本当に、後悔ばっかりだ。シイさんに連れられてやって来たのは、あの日とはまた違う、されどよく似た路地裏だった。そしてそこで、シイさんは《《仕事》》を始めると言って、そして、やって来た人を殺したんだ。
平然と人を殺したシイさんが恐ろしくて、彼と目を合わせたくないがために、顔は上げられなかった。でも、顔を上げても上げなくても、視界は最悪だった。血だまりが、僕の靴を濡らしている。あ、手だ。手が、僕の足首を、掴んだ。死んでなかった。
「あ、う」
「零くんにきたねぇ手で触んなよ」
手は蹴飛ばされた。そのまま踏まれる。踏んだのは、シイさんだ。何かが折れる音がして、微かに呻き声がする。獣みたいだ。
「…零くん、手ェ出して。…ほら、手」
差し出された手に、反射的に手を乗せる。そのまま手を開かれて、血のべったりついたナイフが乗せられた。
「これ」
「刺して。どこでも良いから」
刺它。刺して。何を?シイさんの指は、息も絶え絶えに倒れる彼を指している。言葉が、上手く理解できない。
|「选择权在你手中。《 今すぐ選んで》|现在就刺死他、《アイツを刺すか》|否则就永远被锁在家里《ずっとオレの家にいるか》。」
「あ、あ」
「|你想让我做什么?你现在是纯洁的。《どうする?今ならまだ、清いままだよ》」
手が震える。こんな地獄みたいな、最悪な光景、見たくなかった。見るって分かってたら、言わなかった。いや、来すらしなかった。それなのに。
呼吸が荒くなっていく。それでもシイさんは、ぐっと色の濃い橙赤色で僕を見つめたままだ。僕の息づかいと、微かな呼吸が路地裏を跋扈する。今すぐここから逃げたい。
「…やっぱりムリだよね。止めようか」
シイさんがまた、いつもの優しい目に戻る。失望も何も含まない、純粋な優しさだ。その目を見た途端、僕の中で何かが弾けた。
足を踏み出す。靴の赤が、より鮮やかになっていった。シイさんが僕を引き留めたが、止まるつもりは毛頭ない。
至近距離に行くと、微かに何かを呟いていることに気がつく。帮我、我不想死と、経のように呟いている。
心を殺す。シイさんの焦ったような怒号が聞こえるが、何故か遠いところの声のように感じた。
震える手を押さえつける。いつの間にか呼吸は落ち着いていた。目線を彼の胸元に移す。見逃さないように、罪を認めるように。
(こんな世界、来なきゃ良かった。…でも、来なかったら、もっと良くなかった)
これは、逃げた僕への罰だ。現状を変えることを諦めた僕に対する、バチなんだ。そう言い聞かせる。そうでないと、何故自分だけこんな目にあうのかと、可笑しくなってしまいそうだった。
息を吐く。世界が、静寂に包まれた。僕は、振り上げた手を勢い良く下ろす。
--- その日僕は、初めて人を殺した。 ---
◇To be continued…?