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君と明るくなるまでは
誘惑さんの浮世話シリーズ第一話。
シリーズ名:誘惑さんの浮世話
誘惑さんが色々な人と会う話。
第一話:君と明るくなるまでは。
「ねー、君。なんか暇だから話し相手になってくんない?」
真夜中の道、一人の人間が話しかけてきた。
「そーそー。君だよ。」
この人間はガードレールにもたれかかり座った。
後ろに倒れれば車にひかれそうで少しひやひやする。
が、この人間の自業自得なので関係ない。
...帰らなければいけない。
また問い詰められてしまう。
だが、足が動かなかった。
帰りたくない。
「こんなとこで突っ立って何してたの?もしかして、立ちんb...ウソウソ。
僕はねー散歩。へへ」
ハハハ、こっちはね、残業ー。
変に刺激して暴れられたらたまったもんじゃない。
何も言わないでおこう。
こんな時間に散歩をするのか、こいつは変人だな。
後ろに下がり、少し距離を取った。
二人の間に流れる気持ち悪い空気なんか読まず、
みすぼらしい蛾たちが偽の太陽の街燈に集っていた。
偽物でもいいからあそこまでナニカに夢中になれたなら。
蛾なんかを羨ましがる自分に嫌気がさす。
「危ないって?アハハ、お互い様じゃん。
けどねー、一人より二人のほうがまだ安全かな。
ありがと。クスクス。」
この人間は足を地面から離し、体を前後に揺らした。
ガードレールから落ちそうで怖い。
帰り道でこんな不審者に会うなんてついてない。
帰りたい。
家には帰りたくないが、どこかへ帰りたい。
この人間の座っているガードレールの外側を強い光を放つ車が通った。
「危ない方が僕は好き。
分かりきってるコトなんて、つまんなーい。
分かんないは怖いかもしれないけど、タノシーじゃん。」
そうか?分かっていた方が対処が楽な気がするが。
...タノシー、楽しいか、もう分からなくなってしまったな。
「体験してみる?今夜だけは、タノシーこと、してみたら?
フフ、思い出せるかもね。」
この人間は、手を差し伸べてきた。
手が少し動いてしまったのが情けない。
犬じゃないんだから。
犬ですら、待てができるのに。
蜘蛛の糸、こんな地獄では縋りたくもなる。
...そもそも、こんなハイリスクローリターンな事をするわけがない。
名前すら知らない人間のことなんて信用すらできやしない。
「あぁ、名前?うーん。覚えてないほうが、お互いのため。
そうだなぁ、誘惑さんってみんなから呼ばれてるからぁ。
誘惑さんって呼んでね。はいこれで名前知らない相手じゃないね。
で、君は?本名とかじゃなくても呼び名でいいからさ。」
呼び名、あだ名か、いい思い出がないな。
今では基本苗字かさん付けだしな。
とにかく、なんでもいい。
早く終わらせなければ飲み込まれてしまいそうだ。
適当に、角が立たない程度の名前は何かないか。
いや、言葉にするからダメなのだ。うーんだけどなぁ、
どうすればいいんだ。
...こ、これでどうだ。
「...ふぅん。へー、!?ちゃんね。」
も、もうちょっといい名前があっただろう。
なんで命名のレパートリーが尽きたキャラみたいにしたんだ。
バカすぎる自分がさらに嫌いになった。
「う、うん。感嘆符疑問符ちゃんって呼ぶね。」
誘惑さんは少し困っていた。
また人に迷惑をかけてしまい自己嫌悪。
関わるべきではなかったかもしれない。
ごめんなさい。
誘惑さんは立ち上がった。
「んと、何しようか。無計画?決まってた方がおもんない。
その場その場で決める。僕は今を生きてるからね。」
なんだ、妙に眩しいな。
頭と胸と目と耳が痛い。
つまりすべてが痛い。
「まぁ、公園でも行く?僕鉄棒は得意だよ。逆上がりできるんだー。」
なんの自慢なのか。
だが、聞いてて嫌な自慢ではなかった。
こんな自慢で埋め尽くされていれば、少しは楽になれるのか。
「真っ暗だから、見失わないよーに、手、繋ごう?寂しくもなくなるよ。」
こんな安っぽい誘い文句。
それにつられる。
眩しく光り輝く偽の太陽しか目に入らないみすぼらしい蛾。
手をつないでしまった。
言い訳をしたい、恋人つなぎではなく普通の手つなぎだ。
「逆上がりのコツはねー、逆手でやると上手く行きやすいよ。」
公園に誘い込まれるように向かう。
握った手は体温が高まり互いの汗が絡み合いぐちょぐちょで不快だ。
だけど離したくはなかった。
ほどけないように、握る手に力を込めた。
蜘蛛の糸に絡まってしまった。
自分から行ったのか、誘い込まれたのか。
離れたくないのは計算されたことなのか。
そんなことはどうでもいいくらい、
目の前のナニカに夢中になってしまった。
ブランコと鉄棒がある小さい公園についた。
昼間は子供たちが明るく使ったであろう公園。
夜では違う姿を見せる。
鉄棒は屋外なので錆びているが、
皆が触る真ん中は綺麗に輝き銀が見える。
「じゃあ、タノシーこと、やってみようかな。」
手も心もひかれた。
顔が近い、期待してしまいそうだ。
手が絡みつき、ほどけない。
少し幸せだと思うバカな自分。
なんでこんな奴に惹かれてしまうんだ。
...車にまでひかれればいいのに。
光れれば、いいのに。
「...さっきからさァ、チラチラ街燈見て、僕よりそんなに蛾が大事?
そういえば、虫は我と合わせて蛾と書くんだって。覚えやすいね。
ん、全然怒ってないと言えば噓になるので、
あんまり怒ってないよ。」
誘惑さんは手をほどき鉄棒に座った、グラグラしていて不安定。
誘惑さんの伏目がちな目は、街燈の弱弱しい光が整ったまつげに遮られ、
少しだけ顔に影が落ちていた。
誘惑さんは綺麗な目を時々こちらに向け、
心配している不安な反応を楽しんでいるように見えた。
隣に座りたかったが、危ないので止めた。
体重を預け、鉄棒を掴みもたれかかる。
「そうだね、猶予は、んーと。」
誘惑さんの様子を窺おうと少しだけ横を向く。
目が合った、誘惑さんは明るく笑った。
「おぉ!フフ。目が合ったー。
あのねぇ、目が合うってことは、お互いがお互いを見ていないと合わないんだよ?
オナジだね。仲間。」
子供だ。
そんな小さなことで一々一喜一憂してて疲れないのか?
鉄棒を触り、鉄クサくなった手を離してしまった。
...特に理由はない。
「不倫?アハハ、何言ってんの?
ただの遊びだよ。
僕は未婚だから不倫じゃないー。君も僕のお友達だから不倫じゃないー。」
鉄臭くなった左手の薬指にはまった少し錆びている金属の輪が鈍い光を放つ。
どうしようもなくきつく、苦しかった。
「僕と一緒に遊ぼうか。
君と明るくなるまでは。」
己で光れないモノたちは、光るモノに惹かれるのだろう。
今すぐココから連れ出してくれ。
逃げ出したい。
手を取り、引きあげてくれ!!
「ん?どうなのさ。」
誘惑さんは手を揺らす。
...さ、流石に、そこまで自制がないわけではない。
誘惑さんと一緒にいてはだめだ。
戻れなくなる。
失うものしかない人間は無敵になれない。
そこまで捨てられはしないんだ。
誘惑さんは納得したような顔をした。
「あ、バカなの?」
は?
侮辱された。
なぜ急に?
いや、別に侮辱は慣れているから激情はしないが。
「バッカじゃーん。」
誘惑さんは満面の笑みを浮かべている。
気に障る。
普段なら流せるが今夜はいっぱいいっぱいなんだ。
誘惑さんの笑い声が頭に響く、頭痛なのかなんなのか。
ずっと頭が痛いからよくわからなくなった。
黙らせたい。
いや、待て、守るべきものがあるんだ。
動くな。
動くな!!
「...ん?どうしたの?
手を取ってくれるのかな?
僕の胸に手を当てて心音を聞いてるの?
揉まないでよ?変態。フフ。」
気に障る。
引いてダメなら押してみろ。
誘惑さんの胸に置いた手を、
トンッ。
「ーーうわッ!」
誘惑さんの余裕ぶった顔が少し壊れた。
誘惑さんの体の軸がぶれ、鉄棒に乗っていた体が後ろに倒れかける。
「...え?何?
押されたんだけど。
僕を殺そうとした?
アハハハ!オモシロイね!!」
お、押してしまった?
そんなはずはない。
やってない。
勝手にバランスを崩しただけだろう?
いや、別に、
こ、殺そうとしたわけではない。
大袈裟だ。
落ちたとしても頭を打つだけだろう。
ただ少し、その、あの、手が滑っただけだ。
だが、少し安堵してしまった。
手を取ろうと動かした左手は、
穢れた手になってしまうところだったからだ。
「アハハハハ!!フフフフ、
バカすぎるね。
君、もう全部捨てても良いんだ?」
そんなわけがない。
守るべきものがたくさんある!
捨てれない!
...捨ててもいいかもしれない。
いや、これからどうするんだ。
捨てるわけにはいかない。
ここまで順調満帆に進んでるんだから、
捨てるわけがないだろ。
そろそろ成果(せいか)が認められるはず。
日々の精進(しょうじん)が証明(しょうめい)されて、
正真正銘(しょうしんしょうめい)昇進(しょうしん)できるはず。
これが正解(せいかい)なんだ。
正解なはずだったんだがな。
だが、傷心(しょうしん)には響かない。
...や、やりたくなくてもやらなければならない。
いや、やりたい。
そう信じなければできない。
懈惰(かいだ)してはならない。
帰らなければ。
「もっと好きになっちゃった。
君カワイー。大好き。」
?
...?
文脈がおかしいな。
飛躍しすぎだ。
夢か?
どこからが夢だろう。
最近は何かとすべてが現実味を帯びていないんだ。
結構前から夢だったりして。
「あぁ、夢?
いいんじゃない?うんうん。
夢って思っておけばいいよ。
そうだね、どこ行ってたのと問い詰められたときは、
夢遊病だったとかでも言っておけばいいんじゃないかな。」
夢、か。
うん、おかしすぎるな。
そう、これは夢だ。
あんな悪逆非道な事自分はするはずがない。
殺そうとするはずがない。
夢だったんだな。
「そう、これは夢だよ。
ちょっぴり明るくなっていくタノシー悪夢だよ。」
そうか、これは夢。
夢なら、何しても許されるだろう?
誘惑さんは手を広げた。
「何してもいいよ。
僕がしてもいいし、君がしてもいい。
殺されても正直構わないが、罪悪感というものが
...今の君にはもうないかな?」
よくわかっているじゃないか。
流石夢だ。
「大丈夫、何しても嫌いにならないから、
君も僕を愛してね?それが約束。」
薬指を出された。
そこは小指だろと思ったがツッコむ気力も起きなかった。
幼稚だな。
ふむ。
子供が出来たらこんなんなのか。
あいつが急かす理由も少し分かるな。
...あんな言い方しなくてもいいじゃないか。
子供は欲しいが、今は忙しくて世話ができない気がする。
それに、見栄を張るために作られた子供は可哀そうじゃないか。
周りが子供に恵まれてもいい。
世間体だけを気にしすぎないでほしい。
少し休ませてほしい。
ため息が出そうになったが、
いつも楽しくないの?と、怒られるので、
抑えた。
「ゆーびりげんまんうっそついたらー。
どうしようかな。
...嫌いになる。」
なんだその顔。
得体の知れない感情が湧き出てくる。
色々な色が混ざり、黒く濁る。
子供のように愛おしい存在として認識していたはずの誘惑さんに
この感情を抱くのはおかしいのだろうか。
久しぶりに抱いたこの感情。
誰にもぶつけたことのないこの感情。
そんな偏った趣味もないが、
夢なら、何しても赦されるよな?
「指切った。」
契約された。
今までの契約は苦しかった。
が、今回の契約は、何か解放されたような気がする。
「さァーお好きにどーぞ。
全部明日の君に預けちゃえ、今日はいいの。
僕が全部赦します。」
穢れてしまった左手で、
誘惑さんの手首を掴む。
「ん。感嘆符疑問符ちゃん。
明るくなるまでは君の自由。
流石に落ちちゃうから僕は鉄棒から降りたほうがいいかな。
まだまだ夜は続くよ、すぐ壊しちゃつまんないでしょ。
けど、降ろさないのも君の自由。」
その呼び名はやめてくれ。
折角のムードが台無しじゃないか。
誘惑さんは明らかにこちらの反応を楽しんでいる。
掴んだ誘惑さんの手首から、
トクトクと脈が聞こえてこの人も人間なんだなとほっとした。
だが、人肌というのはこれほどまでに冷たかったのか。
暫くまともに触れていなかったから覚えていない。
誘惑さんの脇に手を通し、抱きしめ、抱えて鉄棒から降ろす。
そして地面に仰向けに寝っ転がせた。
自分は誘惑さんに覆いかぶさる。
押してダメなら?
押してダメではなかったから考えなくていい。
誘惑さんは、首に手を回してくれた。
あぁ、こちらが上にいるのにな。
いったい何なんだろうか。
「フフ、ご自由にお使いください。」
一人が二人になり繋がって一人になった。
寂しくない一人。
今日が終わるために、夜になる。
夜が終わり、朝になる。
今日が昨日になる。
明けない夜はない。
時間に抗いたかった。
抵抗しても、あがいても、糸は絡まるばかり。
蛾は、羽が破れて飛べなくなってしまった。
重力に抗えない雫が誘惑さんの顔に落ちる。
「ん。冷たくない。
生ぬるい液体だぁ。」
誘惑さんは時間に身を任せていた、
抵抗をしなかった。
どちらが捕食者だろうか。
永遠に続くと思っていたほどに長く、暗かった夜に、
徐々に日が昇ってきた。
「アハハ、バカだ。」
夜が明けてしまう。
闇に慣れきっててしまっていた目に刺さり、
とても痛い。
「良いコト教えたげる。
僕ね、バカ大好き。
言ってること分かる?
バカだから分かんない?
カワイー。」
沢山飛び、疲れてしまった蛾は、
蜘蛛の巣に絡まった。
一時的に止まれて、休めた。
誘惑さんは両手を伸ばし、
優しく頬を包んで目元の露を拭ってくれた。
「...タノシー顔してる。
楽しくなれたね。」
蛾は、
蜘蛛の巣の上で、蜘蛛のそばで、
蝶になれた夢を見た。
モチーフ:蛾/光/蜘蛛