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紫のフリージア
新学期になって、宮日(みやび)は憂鬱な気分を抱いていた。何故かというと、新学期早々隣の人がお休み。しかも、HRによりその人は不治の病で入院してる身らしいのだ。
「なんだよ、陰鬱なカンジ」
幼馴染の原(はら)は、宮日の前の席。長いポニーテールをゆらしながらつんつんと宮日をつつく。
「あれ、宮日の隣の人って…あの、何たら病の人か。」
「なんだっけな」
宮日には、不治の病に嫌な思い出がある。小さい頃のことだからうろ覚えなのだが…
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小さい頃、宮日の一番の親友は原ではなかった。一つ上の村江(むらえ)という、男子がいたのだ。彼は、ライソゾーム病という不治の病にかかっていた。かかってしまったら完治させる方法はなく、乳児期から幼少期に死亡してしまうものだった。
その頃の宮日は村江に憧れていた。それは、村江が才能マンだったから。絵も上手、字も上手、でんぐり返しもできて、落着きがあった。
でも、村江は大きくなるに連れてどんどん幼稚園に来なくなっていった。
あとから、母親に、村江ちゃんは死んだと伝えられた。
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その時はもう小1。
死ぬという言葉のニュアンスはなんとなくわかっていた。絶望と、恐怖。その場に崩れてしまったほどだった。
「あぁ、いま、村江ちゃんのこと思い浮かべたでしょ。」
「お前もかよ」
二人が気まずくなったところで、一校時の始まりを告げるチャイムがなった。
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「「「ありがとうございました」」」
帰ろうとバックを持つと、宮日は先生に止められた。
「なんですか」
「ごめんね、あの子の分も、持っていってほしくって。」
そう言うと先生は行事表を手渡した。皆もらった手紙だった。行事の表を学校に来れない人に見せるなんて、逆に酷じゃないのか。という言葉を、宮日は飲み込んだ。
「彼って、病院なんですよね。家に持っていきますか」
「まさか!行ってもらいますよ。貴方に持っていってもらえると、彼も喜ぶだろうし。」
先生の満面の笑みを見て、何も言い返せなかった。
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宮日は、渡された病院名のメモを見て、病院へ来た。思いの外大きく、ここでいいんだよなと恐る恐る入っていく。病室の番号を受付にて聞いて、その番号の場所へと向かった。
コンコン
「失礼しまーす」
ドアをガラガラっと開けた先、彼は上体を起こして本を読んでいた。ふわりと金木犀らしき匂いがする。その方向を見ると、見たことあるようなないような紫色の花が挿してあった。その匂いは強く、病室に置いてあって良いのかと思ったほどだった。
「誰…?」
彼の怯えたような目を見て、村江の顔がよぎった。あの自信に満ちた村江とは正反対のはずなのだが、彼と村江とはとても似ているような気がした。
「えっと、今日から同じクラスになった宮日…っていいます。ちょうど、君の隣の席だから、行事予定表を持ってけって頼まれて…」
「ああ、そう。ごめんね、ここまでくるの、面倒だっただろ」
「いや…」
そんなことないよ、とは言い切れなかった。バカ正直な自分の性格に、宮日はうんざりした。
「ウソつけないんだね」
「あの、君は、どんな病気なんだ?」
彼は少し黙った。それから、振り絞るように言った。
「ライソゾーム病…っていうんだ。」
ぞっとした。HRで聞いていたと思うのだが、その時は覚えていなかった。村江とどこか似ていたのは、こういうことだったんだ。
「オレ、軽症とかじゃないんだ。ライソゾーム病って、普通幼児期には死ぬんだよ、軽症じゃない限り。だけどね、オレは、何故か生きてるの。いつ死ぬかわからない。でも、こんなとこで一生過ごすなら、いつ死んでも構わない。」
彼の顔は、晴れ晴れとしていた。紫の花は、何かを訴えかけているように揺れたけど。
「…ねえ、その花、なんていう花?」
苦し紛れにそう聞いた。
彼は少し生き生きとした顔をして、「こいつか?」と言った。
「こいつは、フリージア。綺麗だろ?」
「この花、誰から貰ったんだよ」
「自分で買った。なんか、惹かれて。」
フリージアの話をする時、彼の目元は緩んでいた。予定表は、ベッドの上でクシャッとなっていた。
「綺麗…あれ、オレ、どっかでこれのバッジ見た。今度買ってくる」
「まじか!?もしかして、お前いいやつ?」
「クスッ…そうかもね」
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「…ということで、彼は、亡くなりました。」
朝、何となく重い空気だった。一週間前まで楽しそうに話していた、あいつが死んだ?
あれから宮日は、彼の病室へ通っていた。でもここ一週間、面会謝絶だった。ああ、そういう意味だったのか。自分は無慈悲なのだろうかと宮日は思った。不思議とショックは小さかった。
「死んだんだな、あいつ《《も》》」
いつかは自分たちも死ぬから、きっとまた会える。宮日は何故だかそう確信していた。
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葬式には、クラスのみんな参加した。みんなは、顔すら、声すら知らない人の葬式だというのに、泣いていた。宮日は、逆に失礼だろと思った。
彼のお母さんが宮日のところへ来た。宮日が何日も通うので、お母さんとは顔見知りになっていた。
「宮日くん、これ、あの子から。宮日に手紙を渡して欲しいって、亡くなる間際に泣きながら渡してくれたわ。あの子、滅多に涙を流さない子だったんだけどね…」
手紙は涙のシミが多かった。彼が、泣きながら書いたんだろう。力のない弱々しい字で、紙面にはこう書かれていた。
[宮日へ
宮日、これが届いてる頃には、オレは多分死んでるよな。
初めて会った日にさ、いつ死ぬかわからないけど、いつ死んでも構わない、みたいな事言ってたでしょ?
オレ、違うんだよ。
紫のフリージアの花言葉は、『憧れ』。
オレは普通に生きたかったよ。
普通に学校行って、あの予定表のことも怒られながら全部クリアしていってさ。
そんで、普通に友達作って、普通に恋をして、普通に勉強して、運動して、趣味見つけて、遊んで。
ほんとは、宮日みたいな普通に、お前に憧れてたよ。
初めてお前にあった時、オレは宮日のこと見たことあるような気がしてた。
あれ、人違いじゃないよね?
ねえ宮日、オレ、生まれ変わったら普通になれたかな。
お前と一緒に、学校に行けたかな。
村江]
ライソゾーム病は、遺伝性の病気。お母さんは悲しかっただろう。《《二度も》》こんな思いをしなきゃならなかったなんて。
宮日は、彼らが死んでから初めて涙を流した。
みんな、『君は月夜に光り輝く』っていう、佐野徹夜さんの小説を知ってるかい?それにちょっと似てるかもしれないから、読んでみて〜(^^)v