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「シンヤ・カザマ」の異能を教えた
これもまた、真也にとっては衝撃だった。魔王が生み出したものを魔王が砕き、魔王の手から水がこぼれ落ちる光景に、彼は感動すら覚えていた。
魔王はさらに続ける。次は土の壁を作り出したり、風を起こしたりといったことを実演してみせた。
真也はそれを目を輝かせながら見ていた。魔王の繰り出す数々の技は、真也にとってとても魅力的だったのだ。
真也は自分もやってみたいと懇願したが、魔王は首を横に振った。
魔王曰く、魔法には相性があり、真也の異能は強化系であるため、他の系統の魔法を使おうとしてもうまく発動しないらしい。
そのため、魔王は真也に基礎的なことだけを教えることにした。
真也は、自分の力が本当に役に立たないかもしれないということに落ち込んだが、そんな真也に魔王は言った。
その異能が役に立つ場面は必ずあるはずだと。
その言葉で真也は立ち直ることができた。
そしてその日から真也は、魔王のもとで毎日のように訓練に明け暮れた。
魔王は魔法だけでなく、剣や槍などの武術も教えると言った。真也は、その提案に喜んだ。
魔王は、真也の体に触ることはしなかったが、その分、口頭で真也に様々な知識を与えていった。
この世界の成り立ち。歴史。種族。文化。経済。政治。宗教。
そして、ピカソの持つ異能について。
真也はこの世界で生きていくために、それらを必死に学んだ。
魔王は真也の質問にも丁寧に答えてくれたため、この世界にきて2週間ほどたった頃には、真也は異世界の人間として恥ずかしくない程度の知識を身につけた。
しかし、真也はこの世界の住人ではないため、どうしてもわからないこともあった。
例えば、この国の名前である。
この国の名は、シンヤ・カザマ王国という。しかし、この国はどう考えても日本人の名前をしている。
それに、真也は魔王のことをモネから聞いており、彼女が元この国の王女だということを知っていた。
しかし、魔王はどう見ても外国人にしか見えない。
そこで、真也は思い切って魔王に訊ねることにした。
その日、いつも通り訓練を終え、夕食を食べ終えた真也とモネは、食後の紅茶を飲んでいた。魔王は用事があるらしく、まだ戻って来ていない。
モネに話をするチャンスだと真也は考えた。
カップをソーサーに置くと、意を決してモネに話しかける。
モネは突然のことに首を傾げたが、すぐに笑顔になり、彼の問いに答えた。
まずは、モネに確認をする。
モネによると、魔王の名前はレイラ・レオノワ。彼女はロシア人だという事だ。
真也は納得した。なぜモネが魔王をロシア語読みにしたのかを。そして、彼女の容姿についても疑問を解決することができた。
確かに、魔王は美しい女性だ。透けるような白い肌に金髪碧眼の美女だ。年齢は20代前半に見えるが、実年齢は不明だ。
魔王について他に何か知らないかと真也が聞くと、モネは少し悩んだ後に、ゆっくりと語り出した。
魔王はかつて、ロシア支部に所属していたピカソであること。
魔王はロシアの異能研究所で生まれたこと。
そして、その研究所はもう存在しないことを。
真也は、魔王の過去を聞いてしまったことを後悔しかけたが、それよりも先に、モネは話を続ける。
魔王の異能についてだ。
魔王の異能は、その身に流れる血液を操ることだ。
吸血鬼が血を武器に戦うように、魔王の血はあらゆる武器に変化する。
しかし、魔王はその力をあまり好んでいないようだ。
真也はそれに疑問を持った。モネの話では、魔王の力は素晴らしいものだと思ったからだ。
その真也の思考を読んだかのように、モネは言葉を発する。
魔王は自らの力を忌諱しているが、その理由は彼女自身にあるということを。
魔王は自分の力を制御できずに暴走させてしまうことがあり、その結果、研究所を破壊してしまったことがあるそうだ。
それが原因で魔王は研究から外されてしまい、ロシアを追放された。
その後、魔王はあてもなく世界を放浪していたのだが、その途中で出会った男によってこのピカソ学園へと連れてこられたそうだ。
その男は、モネの父だったそうだ。魔王は、自分を助けてくれた父に感謝しており、彼を尊敬していると言っていた。
その言葉を聞いたとき、真也は複雑な気持ちになった。なぜなら、魔王は父の恩人なのだ。
父が魔王を助けたからこそ、自分はここにいる。そう思うと、感謝すべきなのか、恨むべきなのかがわからなかったのだ。
真也はそのことを正直にモネに伝えた。すると、モネは少し悲しげな表情をしながら、言葉を紡ぐ。
魔王の父は、娘を救うことができずに悔やんでいたのだろう。だから、せめてもの娘のために、魔王の異能の制御方法を探して、この学校を作ったのではないだろうかと。
しかし、結局魔王の異能の制御方法は見つからなかった。
そして、魔王は力を抑えることができなかった。
だから魔王は、自分の異能を嫌うようになったのではないだろうかと。そこまで聞いた真也は、魔王に対して罪悪感を覚えた。
もし、自分が魔王の異能を抑えられるなら、助けることができるなら、全力で取り組まなければならないと強く感じた。
しかし、同時に真也は別のことも考えていた。魔王は力を嫌っていたが、それでもその力は絶大だった。
その力で、今までどれ程の敵を屠ってきたのだろうと。
魔王が本気になれば、きっと誰も敵わないのではないかと。
真也は、魔王の力を恐れていた。
モネの話が終わると、今度は真也が口を開く。
自分の力についてだ。
その日、真也はいつものように魔王の元で訓練を行っていた。
訓練の内容は様々で、剣術であったり、格闘術であったりと多岐にわたる。
その日は、異能を使った戦闘訓練を行うことになっていた。魔王の異能は強化系であるため、基本的に物理攻撃しかできない。
そのため、真也は異能を使い、魔王の攻撃を防ぐ必要があった。
訓練開始直後、魔王は真也に手をかざす。
すると、真也の体から力が抜けていき、その場に倒れ込んだ。
体に力が入らないどころか、指一本動かすことができない。
真也は恐怖を覚えながら、必死に声を出す。
魔王はそんな真也を見下ろしながら、口を開いた。
お前は何者だ? その言葉に真也は驚きながらも答える。僕は、シンヤ・カザマです。
魔王は真也の言葉を聞くと、無言でうなづき、再び手を伸ばす。
真也の体が持ち上がると、そのまま空中に浮かび上がった。
次に魔王は真也の背中に腕を回し、その体を抱きしめる。
そして耳元に口を近づけると、小さく呟いた。
これでお前は我のモノだ。
その瞬間だった。真也の意識が薄れていく。それと同時に、真也の中に温かいものが流れ込んできた。それは魔王の記憶であり、感情だった。真也の脳裏に、魔王の姿が浮かぶ。その光景はまるで写真のように鮮明で、真也は魔王の瞳に映る自分自身を見た。
魔王がこちらを見る視線は優しく、その顔には笑みが浮かんでいる。真也の頬に涙が流れた。それは、魔王に対する申し訳なさから来るものだった。
魔王は、真也に異能を使わせることで、真也の魂を吸収しようとしていたのだ。