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ドーナツ in ホール
無数に飾られた美術品の中で、床に座って近場で買った飲み物の蓋を開けた。
そのまま口へ運ぼうとして《《誰もいない》》のに肩を叩かれた。
そんなはずはない。今日、美術館はそもそもやっていないのだから施錠しに来た自分以外、誰もいないはずだ。
恐る恐る振り向いた先に、ポニーテールの毛先が赤い金髪の女性が《《唐突に現れた》》ような感覚で立っている。
「...誰だ?」
その問いに信じられないとでもいうような顔をして、すぐに苦笑いをするそれが口を開く。
「|🍤《ころも》です。お伝えしてませんか?」
...コロモ?
「いや、知らないが...」
「...?...リュミエールさんなら、知ってると思ったんですが...?」
「知らない。知らないぞ、お前みたいな奴!」
「あれ、話が違うなぁ...。外、出たりしました?」
「......外?パリの街が広がってるだけだろ?そりゃ家から出勤してきてるんだから、知ってるぞ」
「いや、そうじゃなくてパリの街を出た後に〖CP047 -NEO USA of LEGENDS-〗のネオワシントンが広がってると思うんですが...」
「CP0...なんだって?ネオワシントン?」
「あー......もういいです。後で説明します。とりあえず、出ましょうよ。
貴女の|物語《ストーリー》は、公開時に始まっていないでしょうから」
その奇妙な女に促されるまま、飲み物を持って美術館を出て施錠をした。
いつもと変わらないパリの街並みの奥にやたらパイプが通って近代化した街並みが見える。
その街並みを通り、やけに高くそびえ立つビルの中へ案内される。
ビルの中は金を強調され、悪趣味な装飾の前に白くシンプルな扉をした部屋が装飾との対比で異質に思えた。
「この世界、〖オールシリーズマルチバース〗は、〖CP047 -NEO USA of LEGENDS-〗を中心に右から〖ネカフェのシャーロック・ネトゲ廃人〗、〖鏡逢わせの不思議の国〗、〖地獄労働ショッピング〗、〖異譚集楽〗、〖 ラール・プール・ラール 〗の五つのシリーズ世界が時計回りに円を描く形で存在しています。
まだ、その円も不完全で空きがあるんですが、その空きの空洞には近づかない方が身のためですよ」
「なに?空洞?シリーズ世界?...まるで、《《創られた存在》》みたいに言うんだな」
「貴女に言ってもまだ、分からないですよね。少しだけ、お話しますね。
この世界は■■■■■の創作世界です。その創作世界の中でも|本編軸の世界《ユニバース》と|全シリーズのキャラクターが集う世界《マルチバース》に別れたもので、そのマルチバース世界がここです。
貴女は確かにリュミエール・フルール・オルガですが、《《マルチバース》》のリュミエール・フルール・オルガです」
「...私が偽物だって言いたいのか?」
「いいえ、本物です。ですから、魔法だって使えますし、他の警備員やアムールさんとの記憶を保持していますよね?」
「そりゃ、もちろん...あー、その...つまり...なんだ?...その誰かさんが作った...親、みたいなのがユニバースの私はそのままで、今喋ってるマルチバースの私?が...私自身なんだよな?」
「はい。その通りです」
「そうか、それだけ分かれば十分だ。それで...お前はどこのシリーズ?の...|登場人物《キャラクター》なんだ?」
「...ありません」
言葉の意味を問おうとして、有無を言わさないように扉が開かれる。
円を描くようなテーブルを囲むようにややクリーム色の髪をした緑の瞳の男性と黒髪に黒い瞳だが、猫のヘアピンをした男性、さらさらとした短い黒髪に真っ直ぐな赤い瞳の男性、黒髪に黒い瞳をした若いものの足が少し角ばっているような男性、そして、薄汚れた毛並みの悪い痩せこけた猫が座っていた。
その中でややクリーム色の髪をした男性が英国紳士に似た顔立ちで微笑んで、
「ああ...君が、そのリュミエール・フルール・オルガさんかな。そっちの、君は?」
隣の奇妙な女性に言葉を促した。
「|ころも《🍤》です。よく、ちゃん付けされることが多いです。日村さんはどうですか?」
「...私?私は...日村さんだったり、修だったりと変わりないよ。ところで、君...《《シリーズのキャラクター》》じゃないね」
「お早めに勘づかれるようで、説明の手間が省けて嬉しいです。
私は...そうですね、■■■■■の代理です」
「...代理?」
奇妙な静寂が流れた。
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「はぁ、つまり君は_■■......|ABC探偵《親》の代理なんだな?
で、その代理とやらは...シリーズのキャラクターでもなんでもなく、このマルチバース世界そのものに居着いたものと...?
要するに...なんて言えば?」
「創設者の仮的な具現化...いや、物語に入り込む上で自然に溶け込むキャラクターと......まぁ、その、|親《ABC探偵》の代理で良いです」
「変わらないな...何か、代理らしいことができたりはするのか?」
「う~ん...能力として、色んな物をエビチリとエビマヨに変化できますよ。
あと...軽く、世界線を行き来したり、色んな人をマルチバース世界に呼び込んだり、|マルチバースのキャラクター《皆さん》を自由に扱えたりしますね...」
「...後半の方が凄いが...まぁ、いいだろう。座ってくれ、挨拶をしよう」
用意された椅子に座り、始めに喋っていた男性が日村修、和戸涼、橘一護、ヴィル・ビジョンズ...そして猫がダイナと名乗った。
ダイナが涼に撫でられているが、その顔つきは非常に嫌そうだった。
「猫が...喋ってる...」
「喋っちゃダメなのか?君は猫が人語を理解していないと思っているのか?」
「いや...だって、そもそも_」
「猫が人語を理解していない、喋れないなど誰かが決めたわけじゃないだろう。
仮にそうであると言うのなら、それは偏見の一種じゃないのか?猫はただ、人語を理解していても“みゃお”という言葉で誤魔化しているだけかもしれないだろう?」
「...猫がそんなことをするのか?」
「さぁ?僕には分からない。だって、猫だから」
あっけらかんと言い切ったダイナに何かを返す気になれなかった。
狐につままれたような気分で、和戸を見ると口元が少し歪んでいた。
とても、楽しげで良い笑顔だった。
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「それで...謎に集められた...というか、朝起きたら身体が粒子になって溶けていって、布団から出る間もなく消えた先に|ここ《オリオン》にいたんだが......あれはなんだ?」
猫を撫でる和戸の横でヴィル・ビジョンズ、Vが問いを|代理《ころも》へぶつけた。
「私が呼びました。例の、自由に扱える...の項目ですね」
「そうなると、いつでも呼び出せるのか?インプラントでいう生成や召喚みたいに?」
「インプラントの例えがよく分かりませんが...まぁ、そうなりますね」
「とんでもなく迷惑だな」
「“やるのは”私じゃないので、分からないです」
怪訝そうな顔をするVの更に横、日村がいる辺りから「よく、分からないな」と小声で聞こえた気がした。
こっちだって、分からない。唐突に自分が創られたとか、代理だとか、産みの親以外の親だとか。
まるで、自分が偽物にでもなった気分だった。
そう考える内に一つの疑問が頭に浮かんだ。
「なぁ、そのABC探偵っていうのはここにはいないのか?」
「いません。あの人は、関わろうとしません。喋るだけなら、代理で十分だ...と」
「...臆病?」
「いえ、引きこもりです。新天地を知るのは好きですが、その地に足を下ろすことはないんです」
「......その引きこもりは、今、何を?」
「知りません。ここにいる私が知るわけありません」
「じ、じゃあ...思考は?同じだったりしないのか?」
「仮にそうなら、それは代理ではなく、本人ではないですか?」
交差した質問を全て否定され、少しの悔しさと気まずさを覚える。
ふと、|🍤《ころも》から目を離した先の一護の目の前に湯気の出た揚げたばかりのようなドーナツが数個現れた。
「うぇっ...え...えっ??.........え?」
驚いたようか顔のあっけない顔を見ながら、ドーナツに触れてみる。
少し熱いが、食べれないことはない、なんてことない普通のプレーンドーナツ。
これにストロベリーチョコレートやシナモンがかかっていれば更に旨かったことだろう。
「あ、それ...届いたんですね」
|🍤《ころも》がドーナツを指指して笑った。
そして、一つ掴んで皿ごと他の男達にドーナツを配る。
それぞれがドーナツを一つ取り、多様な持ち方で奇妙に観察をする。
「ドーナツの穴って...どこから、どこまでだと思いますか?」
それに一護が反応した。既にドーナツが一つ齧られた後だった。
「へっ?......え、ドーナツが一つ齧られたら穴ではないんじゃ?」
「それは、どうしてですか?」
「だって...丸い穴だから、ドーナツの穴なんだと思うけど...それが丸くなくなったら、ドーナツの穴ではないと思う」
「なるほど...和戸さんは、どうですか?」
和戸が手についた毛を布巾で吹きながら答えた。
「一護と一緒だよ。ただ、それは丸い穴だからって理由じゃなくて...指がそこに存在する欠けていないドーナツの穴を通ることができるからだよ。
穴には物が通る、落ちる...それがドーナツの穴にも通用すると思う」
「そういう理由もまた、有りですね。日村さんはどうですか?」
日村がドーナツを真っ二つに割りながら答えた。
「私は...半分に割ってもドーナツの穴として存在すると思うよ。
半分になったドーナツの穴がそこにあるのなら、それは確かにドーナツの穴だ。
例え半分でも、そこに確かに存在しているからね」
「つまり...存在していれば、それがそこにあると?...面白いですね。
Vさんは、どうですか?」
Vがドーナツに近くへ出現したチョコレートソースをかけながら答えた。
「その...あ~...ちょっと待ってな......。
ああ、もういいぞ。ドーナツの穴...そうだな、半分を過ぎた一塊になっても存在すると思う。
確かにそこにあったのは確かだし、ドーナツの穴があったところは丸く曲がって、そこに穴があったことを証明してるからさ」
「それは、証ですか?」
「...ああ」
「素敵ですね、ダイナはどうですか?」
皿におかれたドーナツをどうにか食べようとしているダイナが答えた。
「なにさ?猫にドーナツの穴について聞くなんて、物好きだね。
何を求めているか知らないけれど...僕は、ドーナツそのものがなくなってもドーナツの穴はあると思うよ。
空気が通っていたドーナツの穴は食べる内に空気に溶けてしまって、ドーナツそのものの型であったものが形を無くしたことから溶けたドーナツの穴が他の空気と一緒になった。
それはつまり、僕達が吸っている空気もドーナツの穴だってこと。ドーナツの穴は形として存在しなくなっても、そこに溶けたと考えれば確かにそこにある。
型にはまらなくなったドーナツの穴は世界中の空気として、ドーナツの穴として...広まっているって考えたら...面白くはない?」
「難解ですね」
「君のおつむが弱いだけさ」
「......リュミエールさんは、どうですか?」
不意にドーナツを口にしようとした手を止める。
「私は...正解がない、とだけ。
そもそもドーナツの穴の定義ってなんだよ?ドーナツそのものの形がある、もしくはないと言ってもドーナツの穴は存在するんだろう?
他の奴等の話に至ってはそうじゃないか。だったら、もう十人十色ってやつだ。
正解なんてない。答えなんてない。...そもそも、ドーナツの穴というのが存在しないと考えれば面白いんだろうが、それじゃ許してくれないんだろ?」
「...まぁ、そうでしょうね。あの人は、正解を求めますから」
「だったら、白紙の答えを出してやるさ。そのあの人とやらの指示に従って動いたりするのは性に合わないからな」
「では、ドーナツはいらないと...」
「言ってない。食べるよ」
Vからチョコレートソースを借りて、プレーンのドーナツにソースをかけた。
口いっぱいにチョコレートの甘い香りが鼻をくすぐった。
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「...それで、貴方の“ドーナツの穴”の定義はどうなんです?」
`君の“ドーナツの穴の定義は?”`
「貴方と、同じです」
`私の、“ドーナツの穴の定義はね”...`
`#ドーナツの穴の定義#だよ。`
▪🍤ちゃん/ころもちゃん
面倒くさくなった結果、代理に昇格したクソ生意気な聞き手。
後ろ手に一括りにされた長い金髪だが、毛先が赤い。茹で海老の髪飾り。
両腕に波のような袖、白いブラウス、黄色い寝巻き(?)、透けた青いワンピースに濃緑のズボン、青いスニーカー。
性格は天真爛漫で口達者。
性別?女性なんじゃないかな。
(エビの擬人化的なものなので人外枠の為、)能力として、様々な物質をエビチリ・エビマヨへ変化させる能力を有する
詳しくはプロフィールに記載。
...ところで、どういう話なんでしょうかね。
哲学的なドーナツの穴、というものを問うただけの話。
う~ん...貴方はどこから、どこまで、ドーナツの穴が存在すると思います?