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第5章
第五章:ノヴァ家の真実
「君の妹、エル・ノヴァは今も生きている。だが、君が知っていた“彼女”ではない」
その言葉に、レインは思わず一歩踏み出した。
地下の空間は薄暗く、天井には古びた送風管が走っている。男はフードを脱ぎ、光学素子の埋め込まれた右目を静かに光らせた。白髪まじりの短髪、頬の下に電子端子。半分が人間で、半分が機械。
「……名を」
「サリオン。旧情報省の端末管理官。今はただの亡命者だ」
その名に聞き覚えはなかった。だが、彼の存在自体が証明だった。この都市では、“感情”も“自由”も、許可された範囲でしか持てない。彼のような存在は、排除される運命にあるはずだった。
「妹はどこに」
「急ぐな。まずは知ることだ。君自身と、君の“家族”が何者だったのかを」
サリオンは端末を取り出し、壁に光を投影した。そこに映し出されたのは、UGPの極秘記録——レイン自身の出生情報だった。
そこにはこう書かれていた。
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《対象:L.ノヴァ姉妹》
《出生計画コード:VIRGA-7》
《目的:感情制御実験体・特異心理耐性テスト》
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レインの背筋が凍りついた。
彼女とエルは、政府による極秘の実験対象だった。彼女たちの「感情構造」は人工的に調整され、生まれつき感情の振れ幅が極端に異なるよう設計されていた。
「レイン、君は抑制型。全感情反応を最小限に抑える構造だ。妹のエルはその逆——感受性を極限まで引き上げた“超感覚型”。二人は対になって生まれた」
「……嘘」
「君がなぜUGPで突出した判断力を持ち、他の捜査官よりも“冷静”でいられるのか、考えたことは?」
答えられなかった。ずっとそういう人間だと思っていた。だが、違った。自分の“性格”は、意志ではなく設計だった。与えられたものだった。
「妹は、ある時限界を超えた。感情に耐えきれなくなり、都市から“逃げ出した”。だが彼女は死んでいない。むしろ……進化した」
「進化……?」
「霧の中で、彼女は“接続”された。この都市の神経網——全ての感情、記録、記憶に。今、彼女は“見ている”。お前を。そして、君に選ばせようとしている」
レインの耳に、またあの声が微かに響いた。
——「お姉ちゃん、まだ、霧の中にいるの?」
サリオンが言った。
「君がここまで来た時点で、君にも選択権がある。都市に戻るか、妹のいる“向こう側”へ行くか」
「向こう側……?」
「それは、“グレイフォグの外側”。
感情の制限も、管理もない世界。だが、そこでは何も保証されない。自分の心に責任を持つしかない」
レインは黙った。けれど、答えは既に揺れていた。
→ 最終章「硝子を砕く音」へ続く