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『全人類の頭の上に「現在の戦闘力」が表示されたが、俺の数値が「マイナス5」だった件』
ある朝、目覚めると全人類の頭上に、緑色に光るホログラムの数字が浮かび上がるようになっていた。
テレビのニュースキャスターの頭上には【5】。
街を歩く警察官の頭上には【18】。
世界的なプロボクサーの頭上には【120】。
それは、その人間の肉体的な強さ、すなわち『現在の戦闘力』だった。見た目やハッタリが一切通用しなくなった世界で、人々は自分の数値を競い、あるいは隠して生きるようになった。
そんな狂った世界で、高校生の俺・佐藤(さとう)は、自室の鏡の前で絶望していた。
【-5】
「マイナスって何だよ!!! 0の下があるのかよ!!」
極度の運動不足、重度の猫背、そして生まれつきの虚弱体質。確かに体力には自信がなかったが、まさか戦闘力が負の領域に突入しているとは思わなかった。
恐る恐る部屋のドアノブを掴んだ瞬間。
パキッ、と指の骨が鳴り、激痛が走った。
「痛いっ!? ドアノブ回しただけで突き指したんだけど!?」
そう、戦闘力「マイナス」とは、『何かを攻撃、あるいは行動を起こした際、その反動で自分がダメージを受ける』という、宇宙一不条理な自傷ステータスだったのだ。歩けば床からの反発で足の裏が痛む。呼吸を激しくすれば肺が筋肉痛になる。俺にとって、この世界は生きているだけでHPが削られる無理ゲーと化していた。
翌日、命がけで登校した俺は、学校の裏庭で最悪の状況に遭遇した。
「おい佐藤ォ。お前、戦闘力いくつだよ? 隠してねえで見せろよ」
立ち塞がったのは、クラスの不良リーダー・赤木(あかぎ)。彼の頭上には【22】という、高校生にしては圧倒的な数字が輝いている。
赤木は俺の頭上を覗き込もうとするが、俺は前髪を必死に引っ張り、ヘアバンドで数字を隠していた。
「いや、あの、俺のは本当に大したことないから……」
「あ? 舐めてんのか? 22の俺様に逆らう気か?」
赤木が胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてきたその瞬間。
俺の足元を、1匹の野良猫が猛スピードで横切った。
「うわっ!?」
驚いた俺は、バランスを崩して派手に転倒した。
ただ転んだのではない。戦闘力マイナス5の俺が、自らの意志で地面に五体投地(スライディング)を決めたのだ。当然、その反動は全て俺の肉体に返ってくる。
ゴキッ!!!
「ぎゃあああああああーーーっっっ!!! 肘が、肘が逆方向に曲がったぁぁぁ!!!」
裏庭に、俺のこの世の終わりみたいな悲鳴が響き渡った。
自爆である。ただ自分で勝手に転んで勝手に骨折しただけである。
しかし。
それを見た不良の赤木は、ガタガタと震え出し、数歩後ろに飛び退いた。
「な……ッ!? い、今、何が起きた……!?」
赤木の視点からはこう見えていた。
自分が胸ぐらをつかもうとした瞬間、佐藤が目にも留まらぬスピードで地面を這い、自らの肘の骨を「ゴキッ!」とへし折って見せたのだ。しかも、涙目ながらに信じられない大声で叫んでいる。
「て、てめえ……! 骨折の痛みに耐えながら、そんな大声を……!? どんな精神力してやがる……!!」
「痛い! 痛いから叫んでるんだよバカヤローー!!」
「くっ、ハッタリじゃねえ! こいつ、俺が手を出そうとした瞬間に、躊躇なく『自分の肉体を破壊して戦闘の覚悟』を示しやがった……! 本物の狂気だ、本物のサイコパスだ……!!」
赤木は冷や汗を滝のように流した。格闘技の世界でも、自分の骨を自分で折るような奴とは絶対に戦いたくない。
「お前、頭上の数字を見せろ!! 一体いくつなんだ!?」
赤木が恐怖に駆られて俺のヘアバンドを剥ぎ取った。
露わになる、俺の戦闘力。
【-5】
それを見た赤木の脳内で、最大級の勘違い(バグ)が発生した。
「ま、マイナス……!? 0を下回っているだと……!?」
赤木は、昔読んだバトル漫画の知識を総動員して、恐怖の結論に達した。
(戦闘力が……測定不能(エラー)を起こして、カウンターが逆回転している……!? 数値が大きすぎて、システムが処理しきれずにマイナス表示になっているんだ……!! 5億か!? こいつの戦闘力は5億なのか!?)
「ひ、ひえっ……!!」
赤木は腰を抜かし、地面にへたり込んだ。
「す、すまねえええ!! 俺が悪かった! 命だけは助けてくれ!! 22ごときが調子に乗ってすいませんでしたぁぁぁ!!」
「えっ、あ、うん……?」
「あの自傷行為は『俺レベルの雑魚相手なら、片肘をへし折ったハンデ状態で十分だ』っていう挑発だったんだな……! 化け物め……!!」
赤木は涙目で、脱兎のごとく逃げ去っていった。
裏庭に残されたのは、折れた肘を抱えて、痛みに悶絶する戦闘力マイナス5の俺だけだった。
「いや、病院……。誰か、救急車呼んで……。動くだけで脇腹の筋肉が千切れそうなんだよ……」
こうして、ただ生きているだけで命がけの最弱男子高校生は、全人類の勘違いによって「世界最強のサイコパス」として恐れられながら、今日も奇跡的に生き延びるのであった。
(おわり)