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金曜病の正体
急いで救急車を呼んだが、高橋はそのまま亡くなった。
死因は急性心不全。
原因は不明。
そして、次のターゲットとして選ばれたのが、田中だった。
田中 隆志は、中小企業でサラリーマンをしていた。
ある日、会社の上司に呼び出された。
そこで告げられた言葉は衝撃的なもので、彼は絶望した。
結婚3年目の妻とは、上手くいっていなかったわけではないが、お互いに干渉し合わない関係を保っていた。子供もいないことから共働きという選択をした二人だったが、生活リズムの違いからすれ違いが増え、最近では会話すらほとんどなくなっていた。だがそれでも夫婦関係は続いていたし、お互いそれで納得していたはずだった。それが一体なぜこうなったのか…… それは彼が、とあるウィルスに感染していたことが原因であった。
そのウィルスは、体内の免疫機能を低下させることで、身体の恒常性(ホメオスタシス)を保つ機能を狂わせてしまうというものだった。
それにより、自律神経の乱れを引き起こし、体調不良を引き起こす。
それがやがて、精神的にも影響を及ぼしていく。
田中 隆志は、自分が今置かれている状況を理解しようと必死だった。
目の前にいる女性が、自分を呼んでいる。何だか頭がぼぉっとしている。
そして自分は、その声の主をどこか知っている気がした。
田中 隆志は、夢を見ていた。
いつもと同じ夢だ。
真っ暗な空間に、自分ともう1人誰かがいる。
いつもはそれだけだったはずなのに、今回は違った。暗闇の中に、ぼんやりとした光が浮かんでいるのだ。
その光は徐々に大きくなっていき……やがて人の形になる。
そしてその人物は言った。
「私はあなたです」
その声は、自分自身の声に聞こえた。
「私は、あなた自身なんです」「私はあなたの心の奥底にある願望を具現化したもの」
「あなた自身が望むものを、私は叶えることができるのです」
「私の力を使ってください」
「私と共に歩んでいきましょう」
「私と一緒になってくれるんですよね?」
「私を愛してくれるんですよね?」「一緒に行きましょ」
「ずっと一緒ですよ」
「愛してます」
「大好き」
「結婚してください」
「私と結婚してください」
「田中さん」
「私は田中さんが好きです」
「田中さんは?」
そこまで聞いて田中は我慢の限界に来た。「うるさい!俺を冥土に連れてこうなんて百年早い」
怒鳴ると目が覚めた。同時に熱が引いていく。そうか、わかったぞ。金曜病ウイルスの弱点は怒りだ。アドレナリンだ。アドレナリン分泌を促すために感情を昂らせろ。よし、じゃあ高橋に電話をかけてやるぜ! 私は、今まさに田中に電話をかけようとしていたところだった。だがその直前、高橋は、携帯電話を操作して、発信履歴を見た。するとそこにあったのは彼の名前。私は彼の番号を知っているが、登録していなかったことを思い出した。私は自分の携帯を取り出し、アドレス帳に登録する。
これでいつでも彼に連絡することができる。
だが、私が電話しようとすると、まるでそれを察知しているかのように着信があった。「もしもし?」「おーい、高橋ー」と田中の声がした。「あ、すみません。間違えました」と通話を切る。おかしい。何故私だと分かったのだろう。不思議に思いながら私はまた、田中に電話した。「高橋ー」「あ、すみません。間違えました」
そう言ってすぐに切る。その後、何度も田中に電話をかけたが、
「高橋ー」と出るばかりで繋がらなかった。
仕方がないのでメールを送ることにした。
『田中さん、今日は何の日かご存知ですか?』
送信してから、少し不安になった。
田中は、金曜病に侵されているはずだ。
「あれ?」と高橋は首を傾げた。
おかしい。田中からの返信が来ない。
もしかして、何かあったんじゃ……
高橋は心配になり、田中の自宅へと向かった。
インターホンを押しても反応がない。
ドアノブに手をかけると、鍵がかかっていなかった。
「入るよー」と言いながら部屋に入る。
リビングまで行くとソファの上に横になっている田中を見つけた。「ちょっと大丈夫なの?具合悪いなら病院行かなきゃダメじゃない」と言いながら近寄ると、「うわっ」と言って後ずさりされた。田中の顔や腕に「金」という蚯蚓腫れがたくさん出来ていたからだ。「高橋。近づくな。うつるぞ!」
「え?どういうこと?あんた病気なんでしょ?治らない病気って聞いたんだけど」
「あぁ、そうだよ。でも、感染しない病気なんだ」
「えぇ?なにそれ。意味わかんないよ」
「俺だってわからんさ。ただ、俺が発症したのは、高橋と付き合ってからなんだ」
「え?それって……」
「あぁ、俺はお前のことが好きだったんだと思う」
高橋は絶句していた。まさか、そんな風に思われてるとは思わなかった。「え、でも、私、そんなこと言われても、田中さんのことは……」と言うと田中は泣き出してしまった。「ごめん、困らせて悪かった。今のは忘れてくれ。頼む」そう言われて高橋は戸惑った。正直田中のことが嫌いではなかったが、そういう意味では好きになれなかった。そもそも、自分には夫と子供がいて……などと考えているうちに涙が出てきた。そして高橋は気を失った。薄れゆく意識の中で、ふと思った。もしかすると金曜病の本当の狙いは……
気がつくと高橋は自宅のソファーで眠っていた。田中が隣に座っていた。時計を見ると夜中の3時だった。いつの間に帰って来たのだろうか……と思っていると、彼が口を開いた。どうやら看病してくれたらしい。高橋が寝ている間に近所の薬局に行き、解熱剤や栄養ドリンクなどを買えるだけ買い込んできたようだ。だが高橋には疑問が残る。どうやってこの症状が感染するものだと見破ったのかと。すると彼はこう答えた。高橋にはまだ話していないが、金曜病の正体を突き止めたのは自分だと。そして自分は金曜病を克服できる人間なのだと。その言葉に嘘はないらしく、彼は、自分の身に起きている現象について語ってくれた。曰く、自分の体には他人の思考が流れ込んできているという。最初は、自分がおかしくなったのかと思っていたが、高橋のことも、同僚のこともよく覚えているのだという。どうやらその能力は感染能力があるらしい。そう考えてみると納得できた。彼は私よりもずっと前から金曜病を患っていたことになる。彼は、金曜日に体調が崩れるようになった理由について、ある推論を立てた。
その推論は驚くべきものだった。
それは、この感染症のワクチン開発に必要な要素についてである。彼は、その仮説に基づいて実験を繰り返していたのだと語った。
「高橋、俺はこれからやらなければならないことがある。俺はそのために生きなくちゃいけない。だから俺は、金曜病を克服しようと思う。金曜の夜が来る度に発症するのは、辛いことだけど、それでも乗り越えてみせる。高橋にも協力して欲しい。俺と一緒に頑張って欲しい」
と真剣な表情で訴えかけてきた。彼の気持ちに応えたかった。そのためにも、私も一緒に戦う決意をした。それからというもの、私たちは協力して、研究に取り組んだ。
まず行ったのは血液検査だった。