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ICARUS(イカロス) 〜君へと続く、壊れた翼〜
1. 遠い光
僕たちの背中には、真っ白な一対の翼がある。 雲の上にある「空の国」に住む僕らは、その翼で風をきり、どこまでも自由に飛ぶことができた。
けれど、僕には自由なんてどうでもよかった。ただ一人、地上の街に暮らす「光(ひかり)」という名の女の子に恋をしてしまったから。
光は、まるで太陽みたいな子だった。彼女が笑うと、暗い世界もいっぺんに明るくなる。僕はいつも雲のすき間から、彼女のことを見つめていた。
「蓮(れん)、あの子に近づいちゃダメだよ」
年上の仲間が、僕の白い翼を優しくなでながら言った。
「僕たちの翼はね、太陽の熱に弱いんだ。地上に降りて、あの眩しい光に近づきすぎたら……熱さで羽がすべて溶けて、二度と飛べなくなってしまうんだよ」
それは、空の国の絶対のルール。 届かないからこそ、美しく輝いて見える。僕はただの『イカロス』。遠くから見つめるだけの、臆病な鳥だった。
2. 嵐の夜に
その日は、突然やってきた。
激しい地響きとともに、地上を真っ黒な嵐が襲った。激しい雨と風が街を飲み込み、光のいる場所がどんどん闇に包まれていく。
雲の上から覗き込むと、光が一人、激しい嵐の中で震えていた。彼女のまわりの輝きが、今にも消えてしまいそうだった。
「光……!」
気がつけば、僕は崖のふちに立っていた。
「おい、蓮! 狂ったのか!?」 「今行ったら、お前の翼はボロボロになって落ちるぞ!」
後ろから仲間たちが叫ぶ。だけど、僕の耳には届かなかった。 彼女のいない世界で、僕一人が綺麗な翼を持って生きていくことに、何の意味があるっていうんだろう。
「翼なんて、いらない」
僕は叫んだ。
「僕のすべてを失っても……僕は、君を救いに行くんだ!」
強く地面を蹴った。僕は真っ逆さまに、激しい闇の嵐へと飛び込んだ。
3. 君しか見えない
風がナイフのように僕の体を切りつける。 地上に近づくにつれて、光が放つ「太陽の熱」が、僕の体をじりじりと焼き始めた。
熱い。痛い。 背中から、パチパチと音が聞こえる。 僕の大切な白い羽が、1枚、また1枚と焦げて、夕焼けのような真っ赤な炎に包まれていく。羽が溶けて、ボロボロとちぎれて空に舞う。
「うああああっ!」
激しい痛みに、意識が遠のきそうになる。 だけど、目を閉じちゃダメだ。 暗闇の向こうで、泣きそうな顔をしている光が見える。
『君しか見えない。君が、僕の世界のすべてだから――』
心の中で何度もそう叫んだ。 僕はちぎれかけた翼を必死に動かし、痛みを忘れてスピードを上げた。ただ真っ直ぐに、光の元へと落ちていく、一筋の流れ星のように。
4. 落ちていく先で
「危ない!」
ドン、と強い衝撃が響いた。 僕は光の体を抱きしめ、激しい嵐から彼女をかばうように地面にしがみついた。
その瞬間、僕の体から溢れた強い気持ちが、眩しい光となって周囲の闇を吹き飛ばした。嵐は去り、街に本当の静けさと、明るい光が戻ってくる。
「……あ、ありがとう……。でも、あなたの背中……」
光が、涙をためた目で僕の背中を見た。 僕の背中にあった綺麗な白い翼は、もう一枚も残っていなかった。熱で全て溶けてしまい、ただの傷跡だけが残っている。
「もう、飛べないや……」
僕は力尽きて、そのまま地面に倒れ込みそうになった。 空の国の住人が羽を失うということは、もう二度と空へは帰れないということだ。
だけど。 倒れそうになった僕の体を、光の温かい両手がそっと受け止めてくれた。
「これからは、私があなたの翼になる」
光は僕の目をまっすぐ見て、優しく微笑んだ。 その笑顔は、空の上から見ていたルールの世界のどの景色よりも、ずっとずっと綺麗だった。
僕はもう、空を飛ぶイカロスじゃない。 これからはこの足で、大好きな君の隣を、どこまでも一緒に歩いていくんだ。