神様のしるべのままに

　神様になりたいとまでは言わないですが、神様に近づきたかったのです。もっと正確に言うと、神様のような人、に。 　私の中には、神様が居ました。その方のことを毎夜思い、そうしているとあっという間に時間が過ぎたものです。 　出会った瞬間から、私は人生の全てを賭けて、その方に傾倒していたのです。素晴らしく、美しく生きるあの方のことを、信仰せずには居られなかったのです。 　だから、近づいて近づいて、隣に居たいと思いました。いえ、隣でなくても、よかったのかもしれません。 　本音と言ってはなんですが、正直なところ、あの方の光が欲しかったのかもしれません。欲しいと言うより、模倣に近いでしょうか。 　私は、きらきらと輝く強い後光に目を焼かれていて、自分もそういう物を纏いたいと、傲慢にも考えていたのです。愚かな話ですが、人間とは得てしてそういうものなのです。 　だから、あの方と同じように、私は小説を書きました。最初は短編小説でした。今見ると稚拙も甚だしいですが、それでも作り上げた当初は、とても感動したものです。自分の思い描いた空想が、言葉になっていたのですから。 　それからは、習作をほんの少し書き上げました。今度は、短編よりは少し長いものを。中編というものでしょうか。 　そうして、執筆という行為に慣れてきたところで、私はある作家の方のところに押しかけました。弟子にしてもらおうと思ったのです。 　その人は私の小説を読んだあと、私を快く迎えてくれました。君はまだ書きはじめたばかりなのか、ここまで完成度の高いものを書くのかと、褒められました。言われたときは、それはもう嬉しくてたまりませんでした。 　そこから、私の作家人生は開いていきました。とんとん拍子にことが進み、すぐ文学雑誌に小説を掲載できることになったのです。 　規模としては普通くらいの雑誌でしたが、私はそこで、様々な方からの称賛を浴びました。あのときに味わった高揚感は、生涯忘れられません。 　どの立場の人からも、才能がどうだとか、経歴がなんだとかで、本当に色々と絶賛されたのですよ。もちろん、罵りのような批判もありましたが、そんなのは大衆の喝采の声で聞こえませんでした。いわゆる、有頂天のような気分になっていたというわけです。 　でも、それでも、まだ足りない物があったんです。二つほど、まだ欲しい物がありました。 　一つは、作品の中の世界を作り上げること。私はどうしても、あの方のような緻密な世界観を練ることができなかったのです。 　あの方の風刺の効いたような、でもそれでいて美しく心に残る表現は、世界観があるからこそ書けるもの。私にも、それはしかと分かっていました。 　それでも、私には無理でした。私の想像力と文章力では、そんな作品は作れなかったのです。 　そして二つ目。あの方からの称賛が、欲しかったのです。 　いくら世間にどのように言われようとも、師から褒められようとも、私の心は満ちませんでした。あの方からの評価がないからです。 　あの方のそばに居なくちゃ、あの方に褒められなくちゃ、私は本気でそう思い込んでいたのです。たった一人の人間を、気にしすぎていたのです。 　だから、足りなかったんです。何をしても、何が起きても、足りない。心には穴が空いているし、かといって、それを書くことで満たせるわけでもない。 　私が小説を書き始めた理由。それは、あなたなのだから。 「……なんて。語りすぎましたね。でも本当ですよ。あなたのことが昔から好きだったんですよ」 「そうかい。じゃあ今日は僕に会えてよかったね」 「はい。幸せです」