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3話 夢
『……ちゃ……おに……ゃん!』
……声がする。聞き覚えのある声だ。可愛らしくて、聞いているだけで胸が苦しくなる声。
『お兄ちゃん!』
そうだ、この声は、妹の声だ。
『もー、やっと起きた!昨日は私に散々【牛の扱いがなってない】とかなんとか言ってたくせに、お兄ちゃんだってこんな大事な日に寝坊してるじゃない!』
そう、これはもう何度も見たあの日の夢だ。しかし、最近はあまり見なくなっていたのだが、やはり彼女と遭ってしまったことが原因だろうか。いや、何も知らない、ただあの顔に生まれただけの彼女を責め立てるのは流石に責任転嫁し過ぎか。これは、僕の弱さが原因だ。
『もう、聞いてるの!返事くらいしてよ!』
聞いてる、聞こえてるよ。
『……わかったから、静かにしてよアメリア。寝不足で頭がいたいんだ。』
なんでおはようも素直に言えないんだ、昔の僕は。
『そんなの夜遅くまで起きている方が悪いじゃない。」
『夜遅くに誰かさんが【怖いからトイレについてきて】なんて言わなきゃ僕だって朝までぐっすり眠れたさ。』
『だって……!お、お母さんが寝る前に怖いこと言うから……。』
『なんて言われたんだ?』
『う、ぅ後ろにいるの誰?って……。』
『からかわれたんだよ。』
『で、でもからかってなくて、本当のことだったら?!』
『よく考えてみてよ、お化けなんているわけないさ。』
『い、いるかもしれないでしょ!』
『もしいたとしても、僕はそんなものより、暴走した牛か、優しくなったアメリアとかのほうがよっぽど怖いけどね。』
『〜〜〜〜ッ!なにそれ!お兄ちゃんのばか!』
……あぁ、戻りたいなぁ。あの頃に。僕にとっての世界は世界は見えているあの狭い田舎だけで、毎日家畜の世話をして、仕事をこっそり抜け出したところを妹に見つかって怒られる。あの日常に。
「戻りたい……。」
そこで、目を覚ます。こめかみになにか張り付いたような感覚がして、手を当てた。……水。いつのまにか、泣いていたらしい。
「……っはは。情けないな。」
過去の妹の幻影にいつまでもすがりついて離れないでなんて号泣しながら言っている。なんとも情けない。生き恥を晒してのうのうと生きているのだ。”みっともない”が服を着て歩いているようなものだろう。いっそ死ねたらいい。そんなことをボーッと考えていたら、いつの間にか、職場についていた。今日は休みなのに……。そのまま仕事をする気にもなれないので、近くのカフェでご飯でも食べていくことにした。