公開中
果ての地の約束
私、オーガストが初めて書いた小説です。
変なところがあっても大目に読んでくれると嬉しいです。
暑い。
私は金属製のマスクの上の汗をぬぐった。足元の砂がざっと音を立てる。私は今さらながら、帰ろうかと考え始めた。だいたい、彼が五年前の約束なんて覚えているだろうか。それに、生きているという保証すらない。
でも、もしも、生きていて私のことを覚えていてくれたのなら、きっとあそこでまた会えるはずだ。私は意を決して足を進めた。脳裏には、あの頃の思い出がよぎってきた。
「おはよう」
「おはよう、リコ」
隣の友達のエナに挨拶しながら、私はワインレッドのランドセルを置いた。ここは四年生の教室だ。担任はこの学校一厳しいと言われているアテナ先生だから、あまり嬉しくはないが、仲のいい何人かの友達と一緒のクラスになれたのはラッキーだ。
そんなことを考えていると、前の席でドンという音がした。もう一人の友達、ルドがランドセルから教科書を取り出した音だ。
「もうちょっと周りを気にするって意識はないの?」
エナがため息をついた。
「いいだろ、俺の教科書なんだから。それより、スマホ見たか?今、この国と戦ってるアレス国が負けそうになってるんだって」
「別に興味ないよ。どっちが勝ったって、戦争は戦争なんだから」
私はつぶやいた。私のお父さんは亡命してこの国にやって来た人だ。そのためか、私は戦争というものが好きにはなれない。
「あ、なんかごめん」
ルドが潔く謝ってきた。私は大丈夫と首を振る。
「そんなことより、今日リコーダーの発表だよね。私、全然自信ないや」
エナがぐったりとして言った。
「大丈夫、私も同じだよ」
私も一時間目の音楽のことを考えて、憂鬱になってきた。先生が休みだといいなあ。
そんなことを考えていると、急に校内放送で不安になる音が流れた。ジェイアラートだ。少しパニックになりながら聞いていると、衝撃な放送がされた。
「アレス国から原子爆弾が発射されました。この学校は爆心地内です。急いで避難してください」
なんで?私は一瞬混乱した。同時にお腹の下がひんやりしてきた。死ぬなんて嫌だ。
そんな私の気持ちは、教室にアテナ先生が入ってきて落ち着いた。厳しいけど、頼りになる先生なんだ、きっとどうにかしてくれる。アテナ先生は口を開いた。
「昔造られた地下シェルターに避難してください。引率の先生が廊下で待っています」
「先生はどうするんですか?」
クラスメイトのリンが焦ったようにたずねた。
「私は学校全体の避難が終わってから行きます。さあ、早く!」
めったに大声を出さないアテナ先生が、急かすように叫んだから、私たちは廊下に出た。もう頭の中が真っ白で、考える余裕すらなかった。
その後は大変だった。避難し遅れて死んだ人たちが何人も出た。その中にはアテナ先生や、仕事に出ていた私の母親も被害に遭っていた。この辺りの大地は豊かな緑色だったのに、茶色い焼け野原になっていた。泣く余裕なんてなかったけど、とても悲しかったのは覚えている。そんなとき、心の支えになってくれたのが、ルドやエナだった。悲しいのは自分だけじゃないっていうのがわかったからかもしれない。
けど、悪いニュースはまだあった。電波が復活してくると、世界情勢が悪化していることがわかってきたのだ。アレス国の原爆投下でこの国は降参したけど、原爆投下が国連に責められたらしい。でも、それが気に食わなかったのか、アレス国はいろいろな国に原爆を投下し始めたという。
そして悪いことは続くもので、最近地震や火山の噴火があちこちで見られるようになってきた。温暖化や公害というニュースも道を歩いていれば一回は目にする。一日に何回か軽い地震が起こるのにも、もう慣れた。
そんな暗い世界の中、私たちは成長して二十歳になった。私は首都に引っ越し、大手の公務員を目指して、大学で勉強している。エナはイラストレーターになると言って、首都近くの美術大学に通っている。ルドは被爆の後、引っ越して行ってしまったから、今はどうなっているかわからない。いつか会えたらいいとは思っているけど、音信不通なんだよなあ。
そんなことを考えながら大学の講義のあと、有毒ガスを避けるための金属製のマスクをして、遊歩道を歩いていると、後ろから「よっ」と、聞き慣れた声がした。
驚いて振り返ると、十年前に会ったきりの男性、ルドがいた。赤みがかった茶髪も、茶目っ気のある眼差しも変わっていない。変わったのは背の高さと服装だけだ。
「今までどこにいたの?心配してたんだよ」
嬉しさと驚きが混じって変な声が出た。今まで何をしていたのだろう。
「悪い悪い。いろいろあったんだ。で、そろそろジャーナリストの仕事で国外にいかないといけないから、一回リコに会おうと思って、昔の伝手をたどったんだ」
「ジャーナリストの仕事って?」
「中学を卒業して、すぐになったんだ。金を稼ぐ必要もあったしな」
そう言って、ルドはリュックサックを背負い直した。私は寂しがり屋じゃないけど、辛くなった。せっかく久しぶりに会えたのに。
「もう会えないかもしれないけど、生きてたら5年後くらいにまたここで会おうって約束したかったんだ。その頃にはいろいろ終わってるかもしれないし」
私はすぐにうなずいた。
「わかった。生きて帰るんだよ」
その後もまた急展開だった。度重なる戦争や自然災害、公害の影響で何十国もの国が崩壊したのだ。もちろん、この国も例外ではない。この国も破滅し、資源の豊富な何カ国かの大国だけが生き残った。けれど、資源には限りがある。生産が難しいこんな世界では、何十年かしか持たないだろう。
その後の展開は予想するに難くない。食料や塩が底をつき、飢餓による死人が大勢出る。そして、緩やかに人類は絶滅していくのだろう。
私はといえば首都の下に見つけたシェルターで、荒地に暮らしているネズミを食べたり、大学に残ったわずかな本を読んだり、残った植物を植え直したりして過ごしている。慣れてみれば結構楽しい生活だ。
親友のエナとは細々と文通をしている。エナは私と同じように荒地暮らしだけど、最近は好きな人と一緒に暮らしているらしい。四色しか残っていない色鉛筆で、ゴミ箱にあった紙の切れ端に上手な絵を描いて送って来てくれたこともあった。親友としては、恋人とのご幸せを願うばかりだ。
そして今日はルドと約束した五年めの日だ。私はもう面影も残っていない、大学前の遊歩道に向かっていた。もしかしたら、もしかしたらいるかもしれない。
微かな希望を胸に、遊歩道に来た。人影はなし。まあ、そうだよな。私は我に返った。もともと来ていない可能性の方が高かったんだ。当然の結果だ。私はなぜか大きな喪失感を抱えながら、きびすを返した。
「待てよ」
あきれ声が後ろからした。空耳かと思いながらも、私は振り返った。
「ルド!よかった、生きてたんだ」
私は喜びながらルドに近づいた。すると、いろいろな思い出が蘇ってきた。短かった学校時代のエピソードや、三人で遊んだ放課後のこと。生きていてくれて本当によかった。
「まあ、危ない場面は何度もあったけどな。また会えてよかった」
私はその言葉を聞きながら荒地生活の間、ずっと考えていたことを口に出した。それは、私が少しずつ進めていたことにも関わることだ。
「ねえ、もう一度ここで、二人で一から始めようよ。木を植えて、花の種を蒔くの。野菜も種を改良して、この大地でも育つようにしたんだ。それで‥」
「ああ、俺も仕事をしながら考えてたんだ。もう一度、こんな世界を少しでもいいから治したいって。やろうぜ、二人で」
ルドがにっこり笑った。私も微笑みながらうなずいた。
決して美しいとはいえない荒地も、今は輝いて見えた。
エピローグ
「それがおばあちゃんたちのなれそめ?」
「そうだよ、あのころは若かったねえ」
私はいまでは真っ白に染まってしまった髪をかいた。
「でも信じられないな、こんな花畑がもとは荒地だったなんて」
疑わしげに窓の外を見ながら言う孫の姉妹、リラとネリネに根気強く私たちは話した。
「そんなことを言えるようになったのが嬉しいよ」
ルドが余裕たっぷりに笑った。
窓から色とりどりの花びらと、ふんわりとした香りが春風と共に入ってきた。