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第1話「Welcome to 混沌」
Ameri.zip
この作品はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
その街は異様に大きい喧騒が飛び交い、華やかさと妖しさ、そしてえもいわれぬ恐ろしさが混沌として混ざり合っていた。 名に違わぬ混乱は、この街、いや国全体を日常茶飯事のように取り巻いている。
これで良かったんだ。こうでもしないと、僕は生きていけなかった。そう、自分に言い聞かせる。不安で、足元が歪んだ気がした。
「ホントに良かったんだよな?オレのこと助けてくれた命の恩人の頼みだから、連れてきたけど」
はい、と答えた声はきっと震えていただろう。早鐘を打つ心臓は、今すぐ戻った方が良いと警告するようだ。
「…そっか。零くんがそう言うなら、オレはそれを信じるよ」
男が微笑する。その瞳には心配の色が宿っていて、酷く申し訳ない気持ちになった。
不気味な路地に足音を響かせぬよう、ゆっくりと足を踏み出す。少しでも物音をたててしまえば、路地の暗闇に潜む何かに見つかり、そのまま喰べられてしまうような気がしたのだ。
この国は|混乱的城市《フィンランデ・チャンシィ》だと彼は言う。氷と戦の国、恐らく亜寒帯湿潤気候で、死ぬほど治安が悪い。中国語によく似た言語で話す彼は、僕の知らない国を沢山僕に語った。
普通なら頭のイカれた野郎の戯言と流す言の葉は、僕の見る景色全てで現実味を帯びてゆく。肌にまとわりつく冷気は、影の満ちた路地裏にいるからと言うわけではないだろう。
「あとちょっとで、内閣地区内でいっちゃん栄えてる[|繁华的市场《ファンファーデ・シーチャオ》]に出るかんね。ユーカイされないように気をつけなよ〜なんちゃって」
「随分と、物騒なんですね…」
角を曲ると、目の前に光が差し込む。心なしか、喧騒も大きくなっている気がする。
(…や、やっぱり不安!!!なんで僕着いてきちゃったんだろう…!!)
ぎゅ、と下唇を噛む。こうでもしないと、情けない本音が口から出てきそうだった。
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|落安零《らくあんれい》は、少し風変わりな、けれど何処かにはいそうな高校生だ。常に暗い顔をしていて、俯きがちで、敬語で喋る、如何にも自分に自信の無い男子である。
臆病な彼を異世界まで引っ張ってきた男はシイ・シュウリンという。こちらは打って変わって、明るく気さくで正に太陽のような男だ。彼は自身を混乱的城市の出身だと言っているが、真偽は不明である。
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治安が悪いと言ったって、まぁそれほどでも無いだろうと舐めていた。でも、路地を歩くだけでわかる。この国は、僕がいた日本とは比べ物にならないくらい治安が悪くて、殺伐としている。これまでぬくぬくとした環境で生きてきた僕としては、もうすでに来たことを後悔していた。ええ、そうですよ。帰りたいですが、何か?
ぐずぐずと心の中で愚痴を言っている間に、長く感じた路地に終わりがやって来た。まだ全然心の準備が出来ていないから、もうちょっと遅れて来てもよかったのに…。
暗かった路地裏から出たことで視界が一瞬で明るくなり、反射的に目を瞑る。恐る恐る目を開くと、そこには正に中華街といった風な街並みが広がっていた。
街中には不思議な服装の人が各々好き勝手歩いている。鮮やかな赤色ときらびやかな金色、それらを引き立てるような深緑は僕の目を刺すようにあちこちに散らばっている。
「ね、見た感じ怖くないっしょ?まぁ治安は悪いけどさ、良いとこなんだよ」
確かに、一度だけ見たあの街と殆ど大差無かった。強いて言うなら、足元のゴミが多いくらいだろうか。…本当に多いな。煙草や食べ物の包み紙…ひ、避妊具まで…?!
見てはいけないものを見たようで、すぐに視線を上に戻す。その様子を見ていたのか、男…シイさんは、可笑しそうにカラカラと笑った。腹が立ったが、何をされるか分からないため一緒に笑っておく。絶対に僕の顔はひきつっていただろう。
「とりあえず連れてきたけど、家どうする?一応戸籍はこっちで用意できるけども」
さらっととんでもない言葉が聞こえてきた気がするが、さほど重要ではないことのため敢えてそちらは聞き流した。自宅どころか、この世界に来て何をするかさえ決めずに来てしまったなぁ…と、一人途方に暮れる。
家を借りるにもお金が無い。であれば、住み込みバイトでも探すべきだろう。その旨をシイさんに話すと、凄く微妙な顔をされた。え、なんだその顔。
「…零くんの世界ではどうか分かんないけどさ、こっちの世界だとね、住み込みの仕事って言うのは…」
言葉を濁されたあと、チョイチョイと手招きされる。近くに寄ると、耳元に顔を寄せて小声でこう伝えられる。
[…大体は《《そういう》》お店が殆どで、あとは軍とか、最悪人攫い目的の…]
「…止めときます。ありがとうございます」
「それが良いと思う…ゴメンね、ウチの治安が悪くって…これでも良くなったんだけど」
この国本当に大丈夫なのだろうか。あまりにも治安が悪すぎるし、それで良くなった方と言うのも些か信じがたい。
ならばどうするか。まさか、家無し生活…???何度か家の外で寝たことはあるが、流石に何日も続けては辛い…と、不安になる。何かアドバイスは無いかとシイさんの顔を見ると、やけにニヤニヤしていた。何が楽しくて笑ってんだコイツ。
「オレに良い案があります…!!!」
「…何ですか?」
息を吸って、吐く。そしてまた吸って、吐いて、吸って…
「…タメが長い!!…あっ」
つい本音が口から…怒っていないだろうかとシイさんの顔を見る。…なんだか、さっきよりもニタニタしている。なんだコイツ…
「へへ、零くん全然本音で話してくれなかったからちょっとイジワルしたの、ゴメンね」
ミリも悪いと思ってない顔だな…と呆れる。いや、それよりも早く言って欲しい。
いくらふざけた野郎だとはいえ、この世界には詳しいだろうし、恐らく僕よりもマトモな大人だ。どんな解決策があるのだろうか…
聞いて驚くなよ~?と、いらない前置きを挟まれる。なんというかこう、話が長い、面倒なタイプらしい。不安になってきた…
「その案がね、オレと一緒に住むってやつ。衣食住完備ですが、どうでしょうか!!」
何を言われたのか、上手く理解できなかった。聞き間違いのような気がしてもう一度聞くが、どうやら僕の耳は正常だったらしい。
良くないと分かっている。本音を出して刺激してはいけないと分かってはいるが、さすがにこれは言わざるを得なかった。
「…正気か???」
「ん?勿論!!」
前言撤回だ。コイツ、この国に負けず劣らずイカれてる。こんな大人に着いてきたことを、僕は今更ながらに後悔した。
(こんな国で、こんなイカれた奴と一緒にいて、本当に僕はマトモに生きていくことができるのか…?)
◇To be continued…
【次回予告】
「さ、最悪だ~…!!!」
「堂々とした浮気じゃんね(笑)」
「…お二人と…一緒に、住みたい…デス…」